第十九話 それぞれの思惑
空を浮遊するブリュンデル城に、一匹のバインドが飛んで来て、城の入り口付近に舞い降りた。
バインドの背から飛び降りたヴェルクは、魔獣召喚陣を作り、そこにバインドを戻して消すと、城の中へと歩み出した。
「ん?」
少しして前方に待ち構える様に立っている人影が見えた。
直ぐにそれはライオだと分かった。
お互いに目を合わせながらも、何を言う訳でもなく通り過ぎたヴェルクだが、直ぐに立ち止まった。
「わざわざ出迎えに来たのか? 珍しい」
「ブレアはどうした?」
互いに背を向けたまま言葉を交わす。
「ほう、気になるのか? まさかお前、あの女に惚れてたか?」
「その手に掛けたのか?」
「何だ、知っていたのか。だが、俺を恨むのはお門違いだぜ。全部、お前の親父が命令した事だからな。文句があるなら親父に言いな」
「仲間だろう」
「仲間?」
ヴェルクの大きな笑い声が通路に響き渡る。
「まさか、お前の口から仲間と言う言葉が出るとはな。少なくとも俺とブレアは自分の目的の為にケイハルト様に仕えているだけだ。アローラやラファールにしたってどうせ同じだろう。お前は親子だからどうかは知らねえがな。それにしても」
ライオの方に向き直ったヴェルクの表情は、少し険しく変わっている。
ライオは背を向けたままだ。
「お前がケイハルト様の息子とは正直驚いたぜ。ここで初めて会った時、お前は全く覚えていなかったみたいだが、俺は一度たりとも忘れた事がねえからな」
胸元を抑えたヴェルクの表情が更に険しく変わる。
「お前の顔を見る度にこの傷が疼きやがるからな。やろうってんならいつでも相手をしてやるぜ。あの時の俺とは訳が違うぞ」
ヴェルクが背中にあるアックスの柄に手を掛けるのに合わせて、ライオも腰に帯剣している剣の柄に手を掛ける。しかし、
「ただ、やるなら一対一じゃなきゃあ意味がねえ」
近くにある柱を一瞥し、一笑してアックスの柄から手を放して踵を返す。
「ここじゃあ邪魔が入りそうだからな。さっきも言ったが、ブレアの件で文句があるならケイハルト様に言いな。俺は忠実に命令をこなしただけだ。じゃあな」
ヴェルクは手を振りながらその場を去って行った。
ライオも剣の柄から手を放すと、ヴェルクが一瞥した柱に目を移す。
「出て来たらどうだ?」
声に誘われるようにして、柱の裏側からラファールが姿を見せた。
「いやはや、バレていましたか。気配は消していたつもりなのですが、お二人には意味がなかったようですね」
「お前は知っていたのか?」
「ブレアさんの事ですかね? いえ、私も初耳です。驚きましたよ。今の話だと、ヴェルクさんがブレアさんを手に掛けたという話のようでしたが。それも、ケイハルト様の命令で。本当なのですかね?」
「あいつはそう言う人間だ」
ライオも踵を返し、歩み出す。が、
「ケイハルト様を恨んでおいでで?」
ラファールの問い掛けに歩みを止める。
「どうしてそう思う?」
「いえ、何となく」
「お前は何故ここに居る?」
「難しい問題ですね。さて、どうでしょう。ヴェルクさんが言っていた通り私の為、では答えになりませんかね?」
「お前は嘘が下手なようだな。せいぜい殺されぬよう、気を付ける事だ」
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
「変わった奴だ」
再び歩み出したライオもまた、その場を去って行った。
「私にすれば、あなたも十分変わっていると思うのですがね」
その後、ブレアの魔力による属性魔法の暴走によってさしたる被害が出なかったと報告を受けたケイハルトは、まるで驚いた様子もなく、
「そうか」
の一言で済ませたと言う。




