第十六話 命を賭して
「とりあえず氷魔獣を召喚出来るものは召喚して、消火に当たれ!」
エテルベの指示の下、氷魔獣を召喚出来る者は急いで召喚し、冷気を吐き出させて洋館の炎の消火に当たる。
フラムもヒュービを三匹召喚して消火に当たる。
洋館はかなりの大きさがあったものの、消火に当たった氷魔獣もかなりの数で、普通ならものの数分で消えたであろうが、炎は消えるどころか勢いを増している様に見える。
「何だ、この炎は……」
エテルベだけではなく、その場に居る全ての者が焦りを見せる中、上空からグリーゼが風を起こしつつ舞い降りて来た。
グリーゼにはビエントが乗っていた。飛び降りて来たその表情は強張っている。
「校長? どうしてここに?」
エテルベが訊く。
「この近くにホワイト・ファングが来ていると情報を得てな。手が空いている数人の教師と共に警戒に当たっていたのだが、火の手が見えたもので降りて来た。これはどうした事だ?」
「私にも何が何だか。校外学習で来ていたのですが、同じく尋常ではない煙が見えたので」
「それで、生徒は揃っているのか?」
「それが、イグニアとクリスタの姿が見えず、優秀な二人が遅れるとも思えず」
「では、この中にいると言うのか?」
「分かりません。ですから、とにかく消化せねばと、氷魔獣を使って消火に当たっていたのですが、まるで消える様子もなく」
「消えぬ炎だと? では、これは禁断の魔獣の! だとすればまずいぞ」
「先生、何がまずいんですか?」
「フラムか」
必死に消火に当たっていたフラムが駆け寄って来た。
「恐らくはこの館に居たのはホワイト・ファングと呼ばれる異教の集団だろう」
「ホワイト・ファング!? あの禁断の魔獣を求めているって言う?」
「そうだ。もしこの炎がその禁断の魔獣が放ったものなら、魔力による属性魔法の暴走のものと同じと言う事になる」
「それって……」
「簡単に消せる炎ではないと言う事だ」
「そんな。じゃあ、消えるのをただ黙ってみているしかないって事ですか?」
「何と無力な。何が五賢人だ。こんな時に何も出来んとは。ただ、まだこの中にイグニアとクリスタが居ると決まった訳ではなかろう。今はただ、居ない事を祈るしかない」
未だ姿を見せない二人に、それが単なる気休めにすらならない事を当のビエントがよく解っていた。
堪らずにフラムが駆け出そうとするが、ビエントがその行く手を槍で遮る。
「この炎に触れてはならん」
「でも、それじゃあ━━」
フラムが意見しようとしたその時、洋館を包んでいた炎が刹那にして凍ってしまった。
「これは……」
あれほど数多くの氷魔獣が冷気を放っても弱まるどころか勢いを増していた炎が一瞬にして凍り、その場の全員が驚くしかなかった。
「禁断の魔獣の炎を凍らせるには禁断の魔獣の冷気が━━いや、まさか!」
「校長?」
「先生!」
突然洋館に向かって駆け出したビエントは、凍り付いている玄関のドアを体当たりして破壊する。
洋館の中も床、壁、天井とびっしりと凍り付いている。
驚く間もなくビエントは直ぐに動き出し、一つ一つ部屋を見て廻る。
「ここでもない。何処だ? 氷の張り方からすると……地下か!」
地下へと続く階段を見つけ、慌てて駆け下りて行く。
「これは……!?」
そこには、広々とした柱がないホールの様な空間が広がっていた。
ただ、焼け焦げた人の姿の様なものが十余り床に横たわり、巨大な魔獣が中央に居たが、その全てが完全に凍り付いていた。
「あれはバルドラド。やはり禁断の炎魔獣か」
部屋の奥には、呪文のような模様が描かれている二枚扉が開け放たれていた。
「先生、これは……!?」
フラム、そして三人の教師と残る生徒達も後を追って来た。
「この氷は恐らく魔力による属性魔法の暴走によるものだ」
「氷の属性の暴走ってまさか、それってクリスタが?」
フラムの問い掛けに、ビエントは苦々しく頷いた。
「でも、クリスタは怒りや憎しみを持つような人間じゃありませんよ」
「自ら強引に引き起こしたのだろう。だから、この館だけを凍らせる規模に収まった。クリスタ自身、それを見越してだ」
「じゃあ、クリスタは……」
ビエントは辺りを見廻し、ある一点を見て歩み出したかと思うと、直ぐに止まった。
「これがクリスタだ」
しゃがんだ姿の人の形をした氷がそこにあった。但し、その後ろに倒れたイグニアが凍り付いている姿があったが、クリスタの姿は凍り付いているのではなく、体そのものが氷と化していた。
「クリスタ!」
冷たさも構わず、抱き付いたフラムの顔は既に涙に濡れていた。
「その身を氷に━━ん?」
突然イグニアの周りの氷だけが幾筋もの亀裂が走ったのも束の間、砕け散った。
「馬鹿な。魔力による属性魔法の暴走によって凍った氷は簡単に溶けたり砕けたりは……」
ビエントはしゃがんでイグニアの息を確かめる。
「生きている。クリスタはここまで考えて。だとすれば、将来は相当な大器となったかもしれぬと言うに……」
溢れ出したビエントの涙は、悲しみと悔しさと情けなさ、全てが入り混じっていた。
その後、惜しまれつつも責任を取る形で、校長のビエントと理事長を務めていたその妻は自ら職を辞し、学校を去った。
イグニアもそれから学校に来なくなり、そのまま退学したと言う。




