第十四話 選択肢がない選択
突然の予期せぬ出来事に、その場の全ての者の動きが止まっていた。
「ヴェルク、どう言うつもりだ……」
後ろに立つヴェルクを睨むブレアの口から一筋の血が流れ落ちる。
「おっと、俺を恨むのはお門違いだぜ。俺はただ、ケイハルト様の命令でやってるだけだからな」
「何を馬鹿な……」
「嘘じゃねって。ああ、そうそう、こうも言われてたっけな。このまま何もせずにこの場で果てるか。それとも、お前が恨んでいる連中を巻き込んで果てるか。好きな方を選べってな」
ヴェルクは悪辣な笑みを見せる。
その時、ケイハルトの意図を悟ったブレアは、絶望の淵に立たされる。
「では、私は……」
「ああ、選択肢はねえってこったな。何をすべきか分か━━おっと!?」
いつ迫っていたのか、ヴェルクの目の前に突然現れたフリードがヴェルクに斬り掛かる。
ヴェルクもブレアの体から素早くアックスを引き抜き、その柄で剣を弾き飛ばす。
更に休まず振るわれるフリードの剣を、ヴェルクは寸前の所でアックスを盾にして防ぐ。
「早えな、お前。この剣捌きはライオと同等、いや、それ以上か。おお、そうか。知ってるぞ。お前、神速のフリードだな」
「女の背後から襲う卑怯な奴に覚えられていても嬉しかないね」
「ほう、敵にも気遣いか。聞いていた通りのキザ男だな」
二人が激しく戦っている最中、腹部を抑えるブレアの体から炎が噴き出した。
「何だ?」
フリードがそちらに気を取られた隙に、ヴェルクは近くを飛んでいる翼を持つ地魔獣バインドに飛び乗った。
「逃げるか!」
「残念だが勝負は預けるぜ。まあ、生きていられればだがな」
その時、尋常ならざる速さで飛んで来たビエントが放った槍の一投も、寸前の所でアックスで弾き返した。
「危ねえ。危ねえ。少しでも気を逸らしたら一巻の終わりだな」
ヴェルクは口笛を吹きつつ噴き出す炎の勢いを増すブレアに目を移し、
「ブレア、いい選択だぜ。さぞ、ケイハルト様はお喜びになられるだろうからな。せいぜい派手な花火を上げろや」
高笑いを残し、バインドで飛び去って行った。
「ヴェルク様、お待ちを!」
生き残っているケイハルトの配下の三人も、近くを飛ぶ翼を持つ魔獣に飛び乗り、ブレアを残して飛び去ってしまった。
「ブレア、止めよ! それ以上は━━」
ビエントが駆け寄ろうとするも、ブレアは叫び声を上げると共に一気に激しい炎に包まれてしまった。
思わず飛び退ったビエントは、膝から崩れ落ちる。
「何て事だ……」
「先生━━うわっ!」
フラムが駆け寄って来たが、押し寄せる炎の熱量に、思わず顔を顰める。
「クリスタだけでなく、ブレアまでも」
ビエントは握った拳で地面を叩く。
「しっかりなさい、ビエント」
「アインベルク様」
フラムが振り返ると、アインベルクがシャルロアを伴って寄って来た。戦いの場でもあってお供は連れていない。
「属性魔力の暴走ですか。どうやら最悪の事態のようですね」
「全てはケイハルトの計略だ。何と惨い事をしおる」
悲壮を漂わせるビエントも、ようやく立ち上がろり、ヴェルクが弾き返した槍を拾い上げる。
「どうにか出来ないんですか?」
フラムの問い掛けに、アインベルクは虚しくも首を振る。
「貴方も知っているはずですよ。残念ですが、一度暴走すれば後戻りは出来ません。それに、私の氷の力をもってしてもあの炎を消す事は不可能です。だからあなたにも復讐心に捉えられてはならないと諭していたのではないですか」
ビエントも表情に影を落とす。
「ただ一つ、暴走する力の大きさを弱める術があるにはあるのだが……」
「ええ、それが出来るのは暴走した本人が意思をもって気持ちを抑えるのみ。ですが、あのブレアと言う娘の恨む気持ちは相当なものです。諭してどうなるとも思えませんし。それにあの魔力も、ケイハルトが引き出したのか、相当なものです。もしあのまま臨界を超えれば、このダルメキアの半分、いえ、それ以上が焦土と化すかもしれません」
「そんな……見ているだけで何も出来ないなんて、それじゃああの時と同じじゃない。クリスタが命を懸けたあの時と……」




