第九話 いきなりのピンチ
場外から飛んで来た一匹の風魔獣グリーゼが、闘技場のほぼ中央で羽をはばたかせて制止する。
グリーゼの背には一人の男が乗っていて、口を開いた。
「皆様、お静まり下さい!!」
会場全体に響き渡る男の大声に、ざわついていた会場が、波が引くようにゆっくりと静かになって行く。
「さて、私は王位継承戦の代理人を選ぶこの試合の進行を仰せつかったディユロと申します。以後、お見知り置き下さい」
観客から惜しみない拍手が送られる。
ディユロは拍手が自然と鳴り止んで行くのを待って再び話し始める。
「まず最初に、王位継承戦の説明を少しさせて頂きます。それでは我らが王様と王妃様、並びに王子様方々が座っておられる貴賓席の方をご覧ください」
観客席の最上部には、幾つかの特別席が用意されており、招待された他国の国王や王妃、その他要人が席に着いていた。
その中でも一際豪奢な特別席に、オルタニア国の国王と王妃が座っており、更に王妃の隣に三人の王子が並んで座っている。
「この度王位継承戦に参加なされる王子様は三人。王妃様の隣から第一王子のデリオン様。続いて第二王子のアルヴェス様。第三王子はアンヌ王女様の夫でクレメント様となっております」
再び起こった歓声に、三人の王子達は手を振って応える。
「伝統に則って、魔獣召喚士が二名、そうでない者が二名、それぞれの王子の代理者として選ばれます。つまり今回は三名の王子様が居られるので、魔獣召喚士とそうでない者それぞれが六名、計十二名が代理人として選ばれる事となります。ここまでは宜しいでしょうか?」
歓声がそれに応える。
「さあ、それでは試合の方に入って行きたいと思います。今日は魔獣召喚士の試合、明日はそれ以外の者の試合となっておりますが、魔獣召喚士の試合は少しルールがありますのでご説明を」
まず、出場者を殺すのは禁止、その時点で失格とする。それは、明日の試合も同じとする。
手持ちの魔獣が出場者を殺した場合も同様に失格となる。
更に殺人罪にも問われる事となる。
「魔獣召喚士は試合に際してもう少し。試合に出せる魔獣は一匹に限らせて貰います。尚、飛行型の魔獣は観客に被害が出る恐れがあるのでお控え下さい。それ以外なら、ご自慢の魔獣を一匹だけ召喚ください。既に召喚されている方はそのままで、再召喚なされると失格とみなします。複数召喚されている方は一匹だけ残して他の魔獣は召喚陣の中にお戻し下さい。さて、それではそれぞれの魔獣が一匹となった時点で試合を始めたいと思います。では、お願いします」
次々と周りの魔獣召喚士が魔獣を召喚し、またもともと複数の魔獣を連れていた者は召喚陣を作って、一匹を残して召喚陣に残りの魔獣を戻して行く。
フラムも召喚しようとしゃがんで右手を地に下ろすが、
「ちょっと、そこの八十四番のお嬢さん」
「八十四番って、私よね」
ディユロの呼びかけに、フラムはうろ覚えの自分の番号とゼッケンを照らし合わせてから上を見上げた。
「あなたはもう魔獣を召喚なされているので、それ以上召喚されたら失格とみなしますよ」
「ちょっと待ってよ。私はまだ魔獣が居ないんだけど」
「居るじゃないですか、そこに」
「だから居ないって━━」
何かを思い出したかのようにふっと横を向いたフラムと肩に乗るパルの目が合った。
「いつも乗ってるからすっかり忘れてたわ……」
「見た事がありませんが、その小竜も魔獣でしょう」
「いやいやいや、こいつは戦う為に居るんじゃなくて」
「言い訳は無用ですよ。その魔獣があなたのものである以上、それ以上の魔獣を呼び出せば失格ですからね」
最早何を言っても無駄と分かったフラムは、その場に両手を突いてへたり込む。
「終わったわ……」
「フラム、ガッカリする事ないでヤンス。オイラでも十分戦えるでヤンスよ」
パルが胸を張って、任せろと言わんばかりに拳で胸を叩くが、
「あんたねえ、周りを見てもそんな事が言えるの?」
フラムはパルの顔を持って、他の参加者が召喚した魔獣を見せる。
一概に見た目だけでその魔獣の強さが決まるものではないが、力がない者が集まっている場とは思えず、その魔獣召喚士が自信を持って召喚した一匹だけあって、どれもこれも強そうな魔獣ばかりだ。
パルもまた、フラムの肩の上でへたり込む。
「終わったでヤンス……」




