第八話 いよいよ
フラム達が泊まっている宿の部屋では、先に戻ったシャルロアとベッドの上に居るパルが、心配気な面持ちでフラムの帰りを待っていた。
そこに、部屋のドアが開いてフラムが入って来た。
「フラムさん!」
「無事だったでヤンスか!」
「ちゃんと戻るって言ったでしょう。まあ、危なかったのは確かだけど」
部屋の鍵を閉めて、ゆっくりとした足取りでベッドまで歩み、息を吐きながら腰を下ろした。
ベッドの上のパルが軽く弾む。
「それで、どうだったでヤンス?」
「ダメ。逃げられちゃったわ。せっかくの手掛かりだったのに」
「それは残念でしたね。せっかくフラムさんのお師匠様を殺した相手の手掛かりでしたのに」
「あれ、どうしてシャルロアがそれを?」
直ぐにフラムのムッとした顔がパルに向き、パルが合わせるように顔を背けて口笛を吹くも、その顎をフラムの拳がグリグリと入る。
「何でシャルロアを巻き込んでんのよ」
「ゴ、ゴメンでヤンス」
「パルさんを怒らないであげて下さい。私が無理やり聞いただけですから。でも、まさかフラムさんのお師匠様があの五賢人のヴァルカン様だったなんて驚きました。お母様には亡くなったと聞いていましたが、まさか殺されていたなんて。それで、相手はどなたなんですか? ヴァルカン様を殺せる相手となると、相当な相手と思いますが」
「あなたはそれ以上深入りしない方がいいわ。アインベルク様は私が敵討ちをしようとしているのも良しとしていないから、あなたを巻き込んだりしたらどう言う事になるか」
「オ、オイラが話したとは言わないで欲しいでヤンス」
フラムとパルの顔が揃って恐怖に染まる。
その顔を見たシャルロアは苦笑いするしかない。
「仕方がありません。お二人に迷惑が掛かるなら、これ以上は聞けませんね」
「でも、手掛かりの方はどうするでヤンス? 捜すでヤンスか?」
「明日になればもう王位継承戦の代理人を選ぶ戦いが始まるから無理ね。でも、あいつは確か、忙しいって言ってたわ。恐らくこの街で何かしようとしているのよ」
「何でヤンス?」
「それが分かれば苦労しないわよ。ただ、この街の何処かに居るのは確かだわ。だとすると、また見つけられるチャンスはあるはず。でも、今は明日の試合に備えてゆっくりしましょう」
まだ日は高かったが、この日はもう宿屋から出る事なく、食事と入浴を済ませて就寝する事になった。
翌日を迎え、朝食を終えたフラム達は宿屋を出て、城と街の間に位置する場所にある闘技場に向かった。
コロッセオの周りには、観客と思しき人やそうでもなさそうな人が多く集まり、かなりの賑わいを見せていた。
食べ物やグッズを売る出店が多く見受けられ、あちらこちらに行列が出来ている。
芳しい匂いにお腹が触発され、誘われそうになるが、列に並んでいる時間もなく、グッと堪えつつ人の群れの中を歩いて行く。
出場者入り口に辿り着き、出場者名簿を照会して自分の番号が当てられたゼッケンを受け取る。フラムが八四番で、シャルロアが六七番だ。
ゼッケンを胸元に付けてから他の出場者と共に通路を歩いていると、前方から徐々に大きくなって来る歓声が高揚感を煽られる。
前方に見えて来た光の壁を抜けてコロッセオの中に入り、歓声が一気に何倍にも増幅すると、高揚感も最高潮に達する。
「凄いわね……」
「でヤンス……」
大きな円形の闘技場を取り囲む観客席を埋め尽くさんばかりの観客の姿とその歓声に、フラムとパルは面食らう。
シャルロアに至っては声すら出せずに立ち尽くし、思わず手に持つ錫杖を落としそうになって慌てて強く握り直す。
闘技場には既に出場者が多く集まっていた。ざっと一〇〇人近くは居るだろうか。
魔獣を連れている者、そうでない者、老若男女、多岐にわたり、剣、杖、錫杖などなど、手に持つものも様々だ。ただ一つ、みな魔獣召喚士であると言う事だけは同じであろう。
少しの時間をおいて、四ヶ所ある出場者入り口の門が閉じられた。遅れて来たのか、何度となく外側から門を叩く音が聞こえて来たが、開けられる事はなかった。
「さあ、いよいよ始まるわね」




