第五話 一時の休息
フラム達は街に戻り、数ある宿屋の中でもさほど大きくない宿屋の二人部屋に泊まる事にした。
大きな宿屋に泊まろうと思えば泊まれるだろうが、同じように王位継承戦の参加者が多く泊まるだろうし、その数が多いと顔を合わせて先程の様な揉め事に巻き込まれるのを避ける為だ。
「本当にどうしましょう……」
二つあるベッドの一つに腰を下ろしたシャルロアは、ずっと沈んだ表情を伏せていた。
「書いちゃったもんは仕様がないじゃないの。とりあえずは参加して、直ぐにわざと負けるとかすればいいんじゃないの」
フラムももう一つのベッドに腰を下ろす。
パルはフラムのベッドの上で飛び跳ねている。
「わざとですか……」
「ああ、でも、丁度いいんじゃない。アインベルク様はシャルロアの修行だって私に同行させた訳だし、出来る所までやってみれば?」
「私が戦うって事ですか? いえ、いえ、いえ、とてもとてもやれませんよ」
「どうしてよ。オロドーアが居ればそれなりには戦えると思うけど」
「オロドーアが強くても、私自身がダメですから」
「アインベルク様から棒術は学んでないの?」
「学んだのは学んだのですが、お母様にはまるで歯が立たなくて」
「アインベルク様と比べちゃいけないわよ。錫杖一本で私だって勝てた試しがないもの」
「オイラもそれで何度も叩かれているでヤンス」
パルはその時を思い出しながら頭を押さえる。
「ですけど……」
「あんたのオロドーアなら体を張って守ってくれるだろうし」
「それも言えるでヤンス」
「まあ、明日一日あるからゆっくり考えるといいわ。折角だから街に繰り出して楽しむってのもいいわね」
「よろしいんですか?」
今まで沈んでいたシャルロアが、ようやく少し声を弾ませる。
「もちろん、気分転換にもなるでしょうし。但し、私から離れないこと。いいわね?」
「分かりました」
「美味しいもの一杯食べるでヤンス!」
「あんたはいつもそれね」
フラムとパルの遣り取りに、今まで塞いでいたシャルロアの顔にようやく笑顔が戻った。
翌朝、食事は宿屋で取らず、直ぐに街に繰り出した。
王位継承戦前日とあって、街は朝から一気に賑わいを増していた。ただ、翌日に控えてか、力を使いたくない、もしくは怪我を恐れて余計な揉め事を避けているようで、前日の様な騒ぎは殆ど見受けられなかった。
「ちょっと、重いんだけど」
不満を言うフラムの肩に乗るパルのお腹はかなり膨れ上がっていた。
「結構食べたでヤンス」
「パルさんは小さいのによくお食べになりますわね」
「意地汚いだけよ。お陰でこっちは財布が直ぐ寂しくなるばかりだし」
「フラムだってよく食べるでヤンス」
フラムが手にしている食べ物を口にしようとしていた手が止まる。
「確かにそうですね」
シャルロアも苦笑いするしかない。
「仕様がないじゃないのよ。お腹が減るんだもの」
「食べながら喋るのはもっと意地汚いでヤンス」
「何よ!」
「何でヤンス!」
「まあまあ」
いつものようにシャルロアが二人を諫める。
「一つお聞きして宜しいですか?」
「何?」
「王位継承戦に出るなら、昨日お会いしたフリードさんと言う方とも戦う事になるのでしょうか?」
「それはないわ。王位継承戦の代理人を選ぶ戦いは、魔獣召喚士とそうでない人間とに分かれて行われるから」
「分かれてですか?」
「そう。魔獣召喚士が居ない時代は分ける必要がなかったんだけど、魔獣召喚士が参加するようになって来ると不具合が出始めたのよ」
「不具合?」
「全員が魔獣召喚士か、全くいないか、そうでなければ均等に代理人の中に居ればいいんだけど、そう上手くはいかなかったのよ。そうなると力のバランスが取れなくて、不公平性が出てしまうでしょう。だから、直ぐに分かれて行われるようになったのよ。シャルロアも申込書には魔獣召喚士って書かされたでしょう?」
「あ、はい、確かに書かされました」
「でも、イグニアとはやらなくちゃいけないでヤンス」
「そうなのよね。早く勝手に負けてくれればいいけど、そうもいかないでしょうね。あいつ、口だけじゃないから」
「やっぱり知り合いなんですね」
「だから違うって」
「他にもあのライオとか、強そうのが居るでヤンスよ」
「昨日ライオと遣り合っていた相手も、名前だけは聞いたことがあるし、他にも腕に覚えがあるのが居るでしょうね」
「なんだかまた、不安になって来ました」
「大丈夫よ。いざとなれば、私がカバーす━━」
突然フラムの歩みが止まる。持っていた食べ物を落とし、その顔は驚きに満ちている。
「フラムさん、どうなさいました?」
「あいつ!!」




