第十七話 時の流れ
「こいつは凄い。本当に自分の体となったぞ」
自分の両手を開いたり閉じたりして、ライオはそれを満面の笑みで見詰める。
ただ、その声は━━。
「あれは、アルドの声じゃない」
驚くフラムに代わって、その答えをアインベルクが口にした。
「ええ、あれはアルドではなく、ケイハルトの声です」
「何と言う事だ」
苦々しい面持ちのビエントの方に、再びライオ、いや、ケイハルトの笑みが向けられる。
「ようやくだ。この時をどれほどの月日を待ち焦がれて来たか。完璧だ。これで召喚術も使えるぞ」
「ケイハルトって、それじゃあ自分の息子の体を奪ったって言うの? 異常だわ」
フラムだけではなく、その場の誰もが信じられないと言った表情を見せる中、いち早く動き出した者が居た。
「思い通りにはさせませんよ!」
「お母様?」
つい先程までシャルロアの傍に居たはずのアインベルクが、いつ動いたのかケイハルトと化したライオに迫り、手にしている錫杖をケイハルトの頭上に振り下ろす。
誰もが直撃だと思ったその錫杖は、ケイハルトが手にするライオの剣が受け止めていた。
ただ、その剣も先程まではケイハルトの足元に落ちていたはずだが、それを拾い上げた瞬間を見た者はいない。
更にケイハルトの背後に現れたビエントが三叉戟で再びその体を貫こうとするも、ケイハルトはアインベルクの錫杖を弾くと同時に素早く飛び上がって躱す。
「同じ手は喰らわぬぞ」
ビエントの背後に降り立ったケイハルトに、手を休めずに二人は襲い掛かる。
「二人共、老いたのではないか? ヴァルカンがそうであったように。いや、あれより時は過ぎた事を思えば、更にか」
「何を言うか!」
「女性に老いたとは、女心さえ分からぬ愚か者よ」
「男勝りの人間が何を言うか。そもそも、いきなり襲って来たのは焦りからであろう。体になじめぬ間にどうにかしようとな。だが、肉体の老化と言うのは抗えぬ。二人が若かったら、とうに私は殺されているだろうからな。我が息子に感謝せねばな」
「息子だと? ろくに親らしいことをしていないお前が親と言うか。笑止」
「そうです。感謝より先に、二人に謝罪するのが先でしょう」
「この世に居らぬ人間に謝るなど、私の概念にはないわ!」
一歩も譲らぬ五賢人同士の戦いに、周りの者達は単なる観客と化していた。
「嫌な奴だけど、五賢人二人を相手に互角だなんて、凄いとしか言いようがないわね」
「でヤンス」
「いや、俺の見立てだとケイハルトの方が上だ」
「ケイハルトの方が上ですって?」
「ああ、二人が全力で戦っているのに対して、ケイハルトは余力を残しているように見える」
「そんなこと。まあ、あんたの剣の腕は確かだから、嘘じゃないと思うけど……」
「このままだとどうなるでヤンス?」
「体力の事も考えると、いつまで持つか」
「そんな。それせはお母様が!」
駆け出そうとするシャルロアのを、フリードが肩を掴んで止める。
「止めとくんだ。お嬢ちゃんの実力じゃあ、足手纏いになるだけだ」
「それじゃあ私が」
フラムが代わって言うが、それにもフリードは首を振る。
「お前もさっき無茶をしたばかりだろう。少しは休め。ここは俺が行く」
言い終えるより早く、フリードは駆け出していた。
「何よ、カッコつけちゃって」
「そんな事言って、見直したんじゃないでヤンスか?」
「そんな事━━」
フラムが握った拳が、肩に乗るパルの顎に入る前に、背後で飛び上がったオロドーアの拳がパルの頭に直撃する。
「またでヤンス。痛いでヤンスよ!」
「こらこら、オロドーアさん。暴力はいけませんよ」
苦笑いで窘めるシャルロアを余所に、フラムが良くやったと言わんばかりに親指を立てた拳をオロドーアに向けると、オロドーアも任せなさいと胸を張って満面の笑みで親指を立てた拳をフラムに向け返した。




