第十四話 父と子
少し遡る事ライオとケイハルトが地面の亀裂から現れたフリードとシュタイルと鉢合わせをし、ジェモグリエの踏み付けによって距離を置いた後の事だ。
「困るな。無抵抗のまま殺されようとするとは、とても私の血が流れているとは思えんな」
「今更父親面か? よしてくれ。俺の父親はとっくの昔に死んでいる。そう思って生きて来た」
「その考えは感心だ。その考えがお前を強くしたのだろう。元よりこの私も、家族は無用の長物だと思っているからな」
「だったらどうして母さんを愛した? どうして俺がここに居る?」
「愛した?」
ケイハルトの軽薄な笑い声に、ライオの片眉が少し上がる。
「何が可笑しい?」
「愛など初めからない。単なる好奇心からだ」
「好奇心だと?」
「どうして人は他人を愛し、夫婦となり、子供を得て家族となる。その上で何を得るのか。ただ、それを知りたかった」
絶望と言う崖の淵に居たライオの背を押し、救いようのない深い闇の中に突き落とす答えだった。
「結局何も得る事は出来なかったがな」
「それで母さんを捨てたのか? まだ乳飲み子だった俺を抱えた母さんを……」
「その時私にはやる事があった。だから一緒に居られては邪魔でしかなかったのでな」
「弟の暗殺」
「ほう、知っておったのか」
「俺が物心も付いていなかった頃、母さんも何処かでそれを知り、一度は愛した人間がした所業に想い苦しみ、耐え切れずに自ら命を絶ってしまった。全てお前のせいだ」
「おやおや、怒っているのか? てっきり私はお前がもう少し冷酷な人間だと思っていたがな」
怒ってはいない━━いや、怒れない。
これだけ怒りの感情を逆なでされるような言葉を並べられ、怒りを溜め込んでいれば、属性の魔力が暴走の兆候を見せていてもおかしくない。
それが今のライオには全く見受けられない。
物心が付いた頃には両親が傍に居らず、何の為に生まれたかを探す為に時を刻み、どう言う経緯か出会った父親が最悪の人間だったライオには、幸か不幸か属性の魔力を暴走させるだけの怒りや恨みの感情が涌く事もなかった。
「俺は……俺は…………」
「興覚めだな。まあいい。殺したくば殺せばいい。その剣、抵抗せずにこの身に受けてやろう」
ケイハルトはさあ来いと言わんばかりに剣を落として腕を開けるが、ライオは少し俯いて首を振る。
「違う。俺はただ……」
「ほう、私は初めて会った時よりお前が私を殺しに来たものだとばかり思っていたがな」
「それほど死にたいのなら、私が鉄槌を下してやる」
突然血を激しく噴き出したケイハルトが視線を下げると、自分の体を見覚えがある刃が貫いていた。
「ビエントか。さすがは五賢人の中で気配が消す事に長けた男だ。全く気付かなかった」
「お前に褒められても嬉しくないな」
背後に立つビエントが持つ三叉戟が、ケイハルトの体を貫いていた。
「誰も褒めてなどいない。五賢人とあろうものが、背後から不意を突くほど卑怯とは」
「否、確かお前も、部下を背後から刺し貫いたように見えたがな」
「俺は元より正義感を振りかざす人間ではない。それはお前も知っていよう」
「勿論。ただ、お前も五賢人ではなかったか?」
口から大量の血を吐きつつも、ケイハルトは静かに笑い声を洩らす。
「そうか、忘れていたな。私も五賢人であったか。ただ、お前は今も私を五賢人と認識しているのか?」
「いや、私は元よりお前を快くは思っていなかった。初めて会った時から禍々しさを秘めたその目が気になっていたが、まさかここまでとは。お前を五賢人に据えたルディア様も大変歎いておられたぞ」
「甘いのだ、父上は。人間と魔獣の共存? そんな甘い事を考えていれば、何れこのダルメキアは滅びる。だったら私が━━」
突然襲った苦痛がケイハルトの口を止める。
「やはり目的はこのダルメキアの破壊か。聞いていた通りだな」
「そうか、やはりラファールはお前が遣わせた間者であったか。こちらも上手く使わせて貰ったがな」
「全て知った上でか。御蔭であいつのこれからの光は失われてしまった」
「人のせいにするつもりか? ラファールはお前が送って来た間者であろう」
「確かにな。だが、エルベルトとリーズをその手に掛けたのは事実。直接でなくともお前のせいで死した者も少なくない。それも今日までだ。これで全て終わりに━━」
ビエントが三叉戟を更に押し込もうとしたその時、ライオが召喚したライディオスが襲い掛かって来た。




