最終話 次の一手
「まあ、こんな感じでヤンスね」
「あんたが偉そうに話してるんじゃないわよ」
フラムがパルの顎に拳を持って行くが、それより早くオロドーアが背後からパルの頭を叩く。
「痛い! 痛い! だから止めるでヤンスよ!」
「ほらほらオロドーアさん、余りパルさんをイジメたら可哀想ですよ」
シャルロアが止めに入るも、その顔からは嬉しさが溢れている。
こうしてのんびりしていられるのも、アローラが戦線から離脱したことにより、戦況が反ケイハルト軍に傾いた事もあるのだが、それは直ぐに一変される事になる。
「おい、あれは何だ?」
敵味方問わず、その場に居る多くの者の視線は、上空に向けられていた。
怪訝な視線が集まるその先には、空を覆わんばかりの魔獣召喚陣が浮かんでいた。それも、禍々しく漆黒に染まった魔獣召喚陣が。
その漆黒の魔獣召喚陣のほぼ中央の下方に、グリードが飛んでいるが、その背中にはフラムも知る人物が乗っている。
「あの男、シュレーゲンだったわね」
フラムの顔が苦々しく変わる。
「知っている人間ですか?」
アインベルクが訊ねる。
「はい、以前に話した師匠が殺された時、ケイハルトを連れ去った男です」
「ほう、そうですか、あの者が。それにしてもあの黒い魔獣召喚陣は、魔界の住人が使うもののはず」
「先生もそう言ってました。アインベルク様もご存じなんですか?」
「私も先生から聞いたのですよ。今使われている魔獣召喚陣は、ダルメキアで魔獣を召喚しやすいように、魔獣召喚士の祖と呼ばれているアファーレン様が、魔界の住人が使う黒い魔獣召喚陣を基に考案され、ルディア様が洗練させたものだそうです」
「歴史書にも載ってない事だわ……」
「かなり古い話でもありますから、文献にまとめる者が居なかったのかもしれません。だからそれを知りえるのはごく僅かな人間だけで、あの魔獣召喚陣をダルメキアの人間で使えるのは、亡くなったルディア様と先生だけのはずです。だとすれば、あの者は一体……?」
戦場の動きが止まり、騒然と皆が上空の巨大な漆黒の魔獣召喚陣を見上げる。
「驚くのはこれからですよ」
グリードの背の上で、シュレーゲンが立ち上がって右手を天に掲げると、漆黒の魔獣召喚陣が輝きを増す。
「さあ、あなたの出番ですよ」
大地が静かに揺れ始めた。
「地震?」
「いえ、魔獣召喚陣によって召喚されるものに共鳴を起こしているのですよ」
「あんな巨大な魔獣召喚陣で、何を召喚しようっての……」
「嫌な予感しかしません」
漆黒の魔獣召喚陣を見上げるアインベルクの表情が、いつしか険しく変わっている。
別の場所に居るビエントは、上空で起こっている異変に構わずに向かって来るヴェルクに応戦していた。
「上に居るあいつは一体何をしようとしている?」
「さあな。シュレーゲンは得体が知れなねえからな。俺もあいつの素性は知らねえし、いつも驚かされる事をしやがるんでな。とんでもねえ事ってだけは確かだろうぜ。そんな事より、他の事を気にしてていいのか? その首を貰っちまうぜ」
「何を馬鹿な」
その二人の間に巨大な岩が落ちて来て分断する。
さすがに邪魔するなと言わんばかりにヴェルクがシュレーゲンを見上げるが、その顔は驚きに染められる。
「何だ、ありゃあ!?」
漆黒の魔獣召喚陣から、巨大な白い物が現れた。
それもあちらこちらから。
巨大な大理石の柱にも見えるそれは、下方が尖っている物あれば、横を向いている物もある。
完全に姿を見せた物から、一つ、また一つと物凄い勢いで落ちて来て、轟音と共に地響きを起こす。
その下に居て逃げ切れなかった者達は、悲鳴を飲み込むように下敷きになって行く。
暫くして漆黒の魔獣召喚陣から出て来るものが止まり、辺り一面に散らばる巨大な白い物に、フラムは見覚えがあった。
「まさかこれって!!」
《第九章へ続く》




