第十六話 自衛退化
「とりあえず、一人は追い払えましたか。但し……」
アインベルクはシャルロアに目を向ける。
意気揚々と戦っていた時の様子は逆転し、今は明らかに意気消沈していた。
「アルファンド第一王女シャルロア・ラーヴェンデルド!」
「はい、お母様」
急に名前を呼ばれ、シャルロアの背筋が伸びる。
「しっかりなさい。ここは戦場ですよ」
「ですが、オロドーアさんが……」
「その魔獣に敬称を付けるのが問題なのですよ。常々申しているでしょう。あなたは魔獣に肩入れし過ぎると。それが仇にもなりかねないから止めなさいとね」
「違うんです。あのオロドーアさんだけは……」
「そうよね。あのオロドーアはシャルロアが召喚したわけではないけど、思い入れも多いでしょうから」
思わず救いの手を入れたフラムにアインベルクの厳しい目が向き、思わずのけ反る。
「そもそもあなたが来るのも遅いのですよ」
「私!?」
「もっと早く来ていれば、こんな事にはならなかったでしょう」
「そんな無茶な。アインベルク様も先生の下で修行していたのなら、先生が修行が終わるまで行かせてくれないぐらい分かるはずでしょう」
「なら、修行を早く終わらせればいいだけの事でしょう」
「いや、先生の修行はそんな生やさしくありませんって。それも知っておられるはずですよね」
「フラムさんに当たるのはお止めになって下さい。悪いのは私なんですから」
「そうでヤンス。とばっちりでヤンスよ」
今度は厳しい目がパルに向き、アインベルクの錫杖が動きを見せるが、一早く察したパルが頭を押さえつつ、その場から物凄い勢いで飛び離れる。
「まあいいでしょう。まだまだ戦いも続いている事ですし、説教は事が終えてからにしましょう」
「終えてからって、まだ言い足りないんだ……」
「何か言いましたか?」
「いえ、いえ、いえ」
フラムは慌てて首を横に振る。
「お~いフラム、これは何でヤンス?」
避難していたパルが、大きな卵のような物を重そうに抱えて飛び戻って来た。
「魔獣の卵のようだけど。どうしたの、それ?」
「少し先に転がっていたでヤンスよ」
「ここに? こんな所で魔獣が卵を産むとは思わないけど……もしかして!」
声に反応した訳ではないだろうが、パルが抱える卵らしき物に小さいひびが入り、それが周りに広がって行く。
ひび割れが上部全体に広がった時、空が弾け飛んで何かが出て来た。
驚くパルの顎に何かが当たり、パルは地面に落ちて目を廻して伸びてしまった。
「痛いでヤンス…………」
そんなパルを余所に、落ち込んでいたシャルロアは、出て来たものを見て目を輝かせる。
「オロドーアさん!」
大きさはパルとさほど変わらないが、その姿は正にオロドーアだった。
シャルロアは駆け寄り、思わず小さなオロドーアをその胸に抱き締めた。
「やっぱり、自衛退化ね」
「自衛退化?」
「あなたにはまだ教えてませんでしたね。魔獣には稀に、危機に瀕した時に自分の意志には関係なく、自分の体を卵にまで退化させて身を護る事があるのですよ」
「それでは、このオロドーアさんはあのオロドーアさんなんですね」
「恐らくね。ただ、記憶も退化しているでしょうから、シャルロアとの記憶はないでしょうし、あのオロドーアのまんまって訳ではないでしょうけど」
「それでも構わないです。こうして無事なら記憶なんてどうでも」
とは言え、抱き付かれているオロドーアは、窮屈そうに体をゆすりながらシャルロアの腕から飛び出した。
そこに目を覚ましたパルが寄って来る。
「いきなり殴られて痛いでヤンスよ。何なんでヤンスか、このチビオロドーアは?」
言葉の意味が分かるのか、急に怒り出したオロドーアが、パルの頭を叩き出した。
「こら、や、止めるでヤンス! 痛いでヤンスよ!」
「あんたがチビなんて言うからでしょう」
「チビだからチビって言ったでヤンスよ!」
「あんたも大きさは変わらないでしょうに」
その姿に、ようやくシャルロアの顔にも笑顔が戻った。
それを見たアインベルクの顔にも、心成しか笑顔が浮かんだようにも見えた。




