第十一話 隠し玉
「口の減らない小娘ですね。こんな小娘に使うつもりじゃなかったのですが、止むを得まい」
アローラは目の前の地面に剣を突き立てた。
刃の両側の地面に氷の道が勢い良く走り、直ぐにそれが粉々に砕け散ると、二人を分断するように大きな亀裂が生まれた。
「これを見てもまだ笑っていられるかしらね」
亀裂の底の方から魔獣の咆哮が聞こえて来る。
「何、この魔力!?」
亀裂の底から湧き出て来るように感じる魔力は、普通の者がそれを受ければ卒倒するほどに禍々しく大きなものだ。
それが地響きと共に物凄い勢いで上がって来る。
巨大な影が見えたのも束の間、亀裂から飛び出して来た。
現れたのは、小高き山とも見紛う巨大な魔獣だった。
魔獣の体には多くの呪印が書かれた札が貼られ、更に頑丈そうな鎖も何重にも巻かれ、鎖の端を数人の白装束の人間が放すまいと引いている。
四つん這いのままで第一声に上げた咆哮は猛々しく、その場に居る者達の体をひりつかせて視線を集めるに留まらず、近くにあるアインベルクが凍らせた人や魔獣の像を粉々に粉砕してしまった。
「ほう、アローラも面白いものを隠していたようだな」
「左様で」
ケイハルトとシュレーゲンは、まだブリュンデル城の前から動く様子はない。
「何ですか、この魔獣は。とても禍々しい」
「ベーベンブルング。禁断の魔獣ですよ」
「ベーベン……ブルング…………」
笑みが消えたシャルロアとは対照的に、アローラは不敵な笑みを見せる。しかし、再び響き渡るベーベンブルングの咆哮が一瞬にして消してしまった。
「ア、アローラ様、これ以上は持ちません」
「構わん。放してやりなさい」
白装束集団は互いに目配せし、一斉に鎖から手を放した。その刹那、体に張り付いている呪符は全て燃え尽き、巻き付いている鎖が一気に弾け飛んだ。
「さあ、戦いの場を与えてやろう」
ベーベンブルングから離れた白装束集団は、シャルロアとベーベンブルングを囲むように並び、素早く胸元で印を組む。
白装束集団のそれぞれの体が一瞬にして氷に包まれ、更に横に、上にと広がって行き、それが繋がってシャルロアとベーベンブルングを囲い込む氷のドームがあっと言う間に出来上がった。
「例え敵でも氷の中に人が居ては優しいお前には破壊出来まい。逃げ場がないその中で、ベーベンブルングに殺されるといいでしょう。さて、私は」
アローラは素早い動きで少し離れた場所に居るアインベルクの元まで移動し、剣を構える。
「可愛い娘が殺されるまで、あんたにはここに居て貰いましょうか」
「足止めと言う事ですか? そんな事をせずとも、私は助けに行く気などありませんよ」
「何ぃ? 娘を見捨てると言うのですか」
「馬鹿げた事を。あなたが思うほど私の娘は弱くないと言う事ですよ」
「あなたこそ何を言っている。相手は禁断の魔獣ベーベンブルングですよ。あんなひ弱な小娘が勝てる魔獣ではない」
「そんなひ弱な小娘に勝てなかったのはどなたかしらね?」
「全く、口の減らぬ親子ですね。今に後悔しますよ」
氷のドームに閉じ込められたベーベンブルングは、周りの様子を見廻してから、前方に立つシャルロアに目を向けた。
次の刹那、ベーベンブルングの姿が消え、いきなりシャルロアの目の前に迫って来た。
噛みついて来たベーベンブルングの牙を、シャルロアは寸前の所で錫杖で受け止めた。
それでも力で圧倒するベーベンブルングの牙が、じりじりとシャルロアに迫る。更には、開いているベーベンブルングの口の奥に、炎が見えた。
「させませんよ!」
炎が吹き出される前に、シャルロアが錫杖から冷気を送り込み、ベーベンブルングを一気に氷の中に包み込んだ。
ただ、直ぐにベーベンブルングを包んでいる氷に亀裂が走る。
「私の冷気ではダメなようですね。だったら!」
ベーベンブルングから少し離れ、錫杖を地面に突き立てたシャルロアは、目の前で印を組む。
「アルシオンボルトーア!」
突き立てた錫杖の前に魔獣召喚陣が現れる。
「魔界に住みし氷の魔獣よ。開かれし門を潜り出でて我が命に従え」
シャルロアが組む印が形を変える。
「出でよ、氷魔獣グートバラン!」
魔獣召喚陣が輝きを放ち、その中からベーベンブルングと引けを取らない大柄な四つ足の魔獣が姿を現した。
咆哮を上げるグートバランの魔力もまたベーベンブルングと引けを取らず、周りを覆う氷のドームの外まで洩れ出ていた。
アローラは思わず氷のドームに目を向ける。
「何です、この魔力は? それに今の声は……」
「グートバランです」
「グートバラン? あんな小娘が?」
「元々魔力は特筆するものを持っているのですよ、シャルロアは」
シャルロアが魔獣召喚陣を消そうと印を解こうとしたその時、魔獣召喚陣から新たに大きな毛深い手が出て来た。
「!?」




