第十話 氷VS氷
氷の彫刻と化している魔獣を、三叉戟の一撃で順調に粉砕して行くビエントだが、突如として氷を激しく粉砕しながら飛んで来た風の刃に、足を止めて三叉戟を廻転させて防いだ。
飛んで来た風の刃の先には、アックスを地面に突き立てたヴェルクの姿があった。
「何のつもりだ?」
「何がだ?」
「今お前が破壊した氷の中にはお前の仲間も居ただろう」
「それがどうかしたか?」
「知った上でか。お前も考え方はケイハルトと同じと言う訳か」
「戦場で何を甘い事を。ああ、そう言えばあんた、先生をやってたんだっけか。実に先生らしい優等生なものの考え方だよな。俺には分からねえ考え方だ。戦場ではいつ死ぬか分からねえんだ。死ぬ覚悟がねえなら来るべきじゃねえだろう」
「否、私は戦場に出る全員に生きて帰れと教えておる。それに、今のお前の行為は全く関係のない話だ。仲間を殺すなど、論外だ」
「俺にとっちゃあ同じだよ。誰の手に掛かって死のうが変わらねえだろう。さて、これ以上あんたにここで授業を受けていても仕方がねえ。あんたが正しいか、俺が正しいか、戦いで決めればいい話だろうぜ」
「それに関しては異論がない」
二人は対峙して、互いに武具を構える。
「お母様、ビエント様が」
「放っておきなさい。あなたに心配されるほど、ビエントは弱くありませんよ。それよりもあなたは周りの物を凍らせることに集中しなさい。そうするだけでも、これ以上の犠牲者を増やすのを止める事が出来るのですよ」
「分かりました」
気持ちを切り替えて周りに目を向ける。
地面の割れ目から出て来る魔獣の数も落ち着いて来て、アインベルクとシャルロアが凍らせた御蔭で、戦場は少し落ち着いたように見えた。しかし、再び激しい揺れが辺り一帯を襲い、地面の割れ目から更なる魔獣達が次々と湧き出て来る。
「これでは切りが……」
弱気になるシャルロアに対し、アインベルクは錫杖を突き立て、地面に冷気の道を走らせ、新たな氷の彫刻を生み出していく。
「泣き言は許しません。我々が諦めれば、全ては終わってしまうのですよ。あなたは何の為に志願してここに来たのですか?」
「私は……そう、一人でも多くの人を救いたいから」
決意を新たに表情を引き締めたシャルロアに、近くの氷の塊の陰から飛び出したアローラが斬り掛かる。
完全に不意を突かれたシャルロアにアローラの剣が迫るが、寸前の所でアインベルクの錫杖が受け止め、そのまま錫杖を振るってアローラを飛び退らせる。
更にアローラに錫杖を向けて構えるが、その前にシャルロアが割って入り、錫杖をアローラに向ける。
「お母様はこの方を私に任せると仰いました。ならばその務め、最後まで私が勤めさせて貰います」
「よく申しました。分かりました。最後まであなたに任せますよ」
「何処までも甘い事を。行かせませんよ!」
アインベルクに振られた剣を、今度はシャルロアがしっかりと受け止める。
その場を去って行くアインベルクの顔は少し綻んだように見えた。
「何処までも甘い親子ですね。虫唾が走る。一人でも多くの人を守る? 母親に守られている者が何を言うか!」
激しく振るわれるアローラの剣を、シャルロアは錫杖で打ち返す。
「私が甘いのは返す言葉もありません。ですがお母様は……」
今までやって来た修行を思い返し、身を震わせると共に、頭を激しく振るう。
「とにかく、甘い考えだろうと、貫き通してみせます」
「世間知らずのお嬢様が!」
アローラの剣から伝った冷気が、シャルロアの錫杖を伝ってシャルロアを一気に氷の中に閉じ込めてしまった。しかし、アインベルクの時同様に直ぐに無数の亀裂が走り、粉々に砕け散った。
逆にお返しと言わんばかりに振るった錫杖にアローラが合わせた剣に冷気を送り、アローラを氷に包む。
ただ、その氷にも直ぐに亀裂が無数に走り、粉々に砕け散ってしまった。
「この私に冷気など、笑止」
「それはお互いさまではありませんか?」
笑みを見せるシャルロアに、アローラの歯軋りが聞こえて来る。




