最終話 苛酷なる修行の始まり
「さあ、着いたぞ」
「これは……!?」
フラムとウォルンタースの目の前には、巨大な窪地があった。
幅は二十メートルを超え、深さも十メートル近くはあるか。
ただ、フラムが驚いたのは窪地の大きさにではなく、その窪地の底を埋め尽くさんばかりに見られる魔獣の物らしき夥しい数の骨がその姿を残したまま見られた事だ。
「魔獣の墓場?」
「まあ、そう言った所じゃな。儂はメトリウムと呼んでおるがのお」
「メトリウム……」
「何か気味悪いでヤンスよ」
同じ魔獣としてその凄惨な光景に、フラムの肩に乗るパルは身を震わせる。
そこに、重そうにゼクスを引き摺るフリードがやって来た。
「あ~、もうダメだ」
ゼクスから手を放すなり、その場に倒れ込んでしまった。
「修行を遣る前から何じゃ、その情けない姿は」
「何と言われようが、もう少しも動けません」
と、不貞腐れたその時、フリードの周りの地面が軋むような音を立て始めた。
「何だ? 何だ?」
フリードの周りの地面に無数の亀裂が走って束の間、一気に地面が崩れ落ちた。
フラムとウォルンタースは素早くその場を飛び退き、事なきを得たが、疲れ切ったフリードは身を起こす事も叶わず、成すがままに崩れた地面ごと窪地の底へと滑り落ちて行った。
「あいたたたた…………」
窪地の底でようやく止まったフリードは、背中を擦りながらゆっくりと体を起こす。
「何だ、ここは…………!?」
目の前を埋め尽くす夥しい魔獣の骨に、フリードは目を丸くする。
「まるで墓場じゃないか」
「当たり」
上から斜面を滑り降りる様にフラムが、そしてウォルンタースは小幅に右に左にと飛びながら降りて来た。
「いつまで寝ているつもりじゃ?」
滑り落ちて尚も大の字になっているフリードの頭に、ウォルンタースの杖の痛烈な一打が見舞われる。
フリードは頭を押さえつつ、ようやく立ち上がる。
「加減して下さいよ」
「なかなか起きないあんたが悪いのよ」
「俺のせいか?」
「でヤンスよ」
「それにしても、こんな所で修行するんですか?」
「正確には修行の前の修行と言った所かのお」
「修行の前の修行?」
「本来の修行を行う場所に行く前に、ここでまず、ヴァイトとゼクスをある程度は使い熟せるようになって貰うぞ。でなければ」
「でなければ?」
「十傑をまともに使えぬ今のお主らの力では確実に死ぬじゃろうな。ほっ、ほっ、ほっ」
「笑ってるけど、完全な脅しね」
「だな」
「でヤンス」
「でも、そんな事ならわざわざこんな所に来なくてもよかったんじゃあ……」
見渡すフラム達の周りには、夥しい魔獣の屍が辺りを埋め尽くして自由に動ける場所も少なく、修行の場としてはとても相応しいとは思えなかった。
「何を言うておる。こんなに相応しい場所は他になかろう。見ておれ」
ウォルンタースは杖の先を地面に突き立てる。すると、窪地全体に魔獣召喚陣が現れる。
「フェン・ゼーレ!」
印を組むことなくウォルンタースが呪文を唱えると、魔獣召喚陣が輝きを増す。
「何が起こるの?」
「おい、あれ!」
魔獣の屍が、まるで生きているかのように動き出し、身を起こして行く。すると、骨だけであったその体に肉が現れ、元の体へと再生して行く。
ただ、その全ての魔獣の目には生気がない。
その姿に、フラムとフリードには見覚えがあった。
「おい、あれって確か、オルタニアでお前を襲っていた魔獣に似てないか?」
「ええ、シュレーゲンとか言う男が一度死んでいる魔獣って言っていたから、まさにあの魔獣と一緒だわ」
「ほう、お主らは死した魔獣が動くのを見た事があるのか?」
「はい、召喚したシュレーゲンとか言う男は、死魔獣とか名付けてましたけど」
「死魔獣か。よくも言ったものじゃな。ただ、ダルメキアにおいて反魂術を使えるのは儂と死んだルディアのみじゃ。恐らくそ奴は魔界の住人であろう」
「魔界の住人!?」
フラムとフリード、そしてパルの声が揃った。
「魔界に人間が居るんですか?」
「姿は人間じゃが、人間にあらず。どれだけの数が居て、どういう生活をしておるのか、その生態の一切が不明じゃがな。まあ、その話はおいおいしてやろう。その前に修行を始めんとな。わざわざ起こしたこ奴らが、待ちきれん様子じゃからの」
「いやいや、まだ剣の扱い方を聞いてませんし」
「それを考える修行じゃろう」
「俺なんか持つこともままなりませんし」
「自分で何とかせい。それから、魔獣の召喚はなしじゃ。こいつもな」
「わっ、わっ、何でヤンス?」
ウォルンタースはフラムの肩からパルを自分の肩へと移させる。
「さあ、始めるぞ」
「そんな無茶な」
こうしてフラムとフリードの歎きの声が揃った所で、修行が始まったのであった。
《第七章へ続く》




