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炎の魔獣召喚士  作者: 平岡春太
 第七章 剣聖

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 第十一話 ディアナ

「邪魔だからそこを退きな! ガキども!」


 駆け出した女は、慌てて行く手を開けたフラム達の間を、その大柄な体を感じさせない程に風の如く一瞬にして駆け抜ける。


「はやっ!」


 ジュロウドを喰らっていた魔獣も動き出そうとしたが、それよりも早く女がその横を駆け抜け、少し後ろで立ち止まった。

 魔獣も素早く後ろを振り返ったが、その体は五つの輪切りにされた状態で肉の塊と化して崩れ落ちた。


「すごっ! あの魔獣を一瞬で。あれがエレーナの母親なの?」

「ああ、ディアナさんだ」


 腰の後ろにある鞘に剣を戻したディアナは、その目をフリードに向けて溜息を洩らす。


「こんな頼りない優男の何処に惚れたかねえ」


 優男に関してはジオーネも見た目では言えたものではなく、ただ、頼りないと言う面ではディアナからしては返す言葉もなく、フリードは苦笑いするしかない。

 次いでその目はエレーナに向けられる。


「それで、お前はどうしてここに居る? どうせ義父さんを困らせるために来たんだろうが」

「違う! 私はただ、もっと強く━━いえ、ここで死んだって構わない。そうしたらパパに━━」

「いい加減にしな!」


 (おもむろ)にエレーナに歩み寄ったディアナは、その話を止める様にエレーナの頬をひっぱたいた。


「そんな事をしたってジオーネが喜ぶ訳ないだろうが。お前、ジオーネが何で死んだか分かってんだろう。あいつが体張って護ったその命を無駄にしてどうすんだい!」


 ひっぱたかれた頬を押えているエレーナの目から、勢い良く涙が流れ出し、相手を押し倒さんばかりの勢いでディアナに抱き付いた。

 ディアナはまるでびくともせずにエレーナを受け止めた。


「私のせいでお父さんが……」

「知ってたのか……」

「私はただ、怒って欲しかったのよ。私が悪いのに、誰も怒らないから、ずっとずっと自分が嫌で……情けなくて…………」


 ディアナの大きな手が、胸元に顔を埋めるエレーナの頭にそっと置かれる。


「義父さんは優しいからな」


 それを聞いてフラムとパルは苦笑いを浮かべる。


「優しいかしら」

「そうは思えないでヤンス」

「そう言うなって」

「私も忙しさにかまけて、大事な時に一緒に居てやれなかったからな。悪かったな」


 ディアナの目が再びフリードに向けられる。

 フリードは背筋を正す。


「そこの優男。エレーナは暫く私が預かるから心配するなって義父さんに言っときな」

「名前では呼ばれないのか……」


 次いでその目は、フラムに向けられる。

 フラムは少し緊張を見せる。


「その剣。そうかい、お前さんが。余り似つかないもんだねえ。さあ、行くか」


 ディアナは抱き付いているエレーナの体を少し浮かせると、そのままの態勢で歩み出し、


「ここにはもう暫くは魔獣が出ないだろうが、もしもがあるからな。お前達も早く出た方がいいぞ」


 後ろ手で手を振りながら去って行った。


「随分と豪快な人ね」

「まあな。剣の腕も、先生が魔獣召喚士なら、純粋に剣士としてはディアナさんがダルメキアで一番だろうな。さて、俺達も戻るか」




 

 ウォルンタースの元に戻り、フリードの口から事の顛末を話した。


「そうか、エレーナは全てを知っておったのか。儂が甘やかし過ぎたと言う訳じゃな。情けないのお」

「あれ? そう言えば、またエドアールの姿が見えないようだけど……」

「いつの間にやらいなくなっておったわ。あ奴はいなくなる時は儂ですら気付かんからのお。ほっ、ほっ、ほっ」

「ここで磨かれたんだろうけど、姿を消すのはあんたより上なんじゃないの?」

「ある意味ダルメキアで一番かもしれないでヤンス」

「かもな」

「そんな事より、ちゃんと修行をして来たかのお?」

「冗談じゃないわよ。あんなに強い魔獣が相手じゃあ、もし戦っても修行にもなりはしないわよ」

「ほっ、ほっ、ほっ、その程度の魔獣を強いと言うのも問題じゃが、何も戦う事だけが修行ではありゃせんぞ」


 言っている意味が分からず、フラムは眉を顰める。


「ディアナの太刀筋を観れたのじゃろう。何も感じんかったのか?」

「いやいや、あれだけではとても真似出来るもんでもないし」


 ウォルンタースは溜息を吐きつつ首を振る。


「滅多に見れぬディアナの太刀筋を観れたと言うに。誰も真似などせいとは言うとらんぞ。真似した所で、ましてやその相手が達人級の人間なら尚更、超えるのは至難と言うもの。その技を見てどう感じ、それを己にどう生かし、それを自分のものとして行くのが剣の道と言えよう。話にならんわ。普段の一つ一つが修行と言えば修行なのじゃぞ。まあ良い。今日はもう休め」


 そう言って杖を突きつつ家の中に入って行った。


「何か急に剣聖らしい事を言ったわね」

「でヤンス」

「だから先生は凄い人なんだって」


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