第十一話 ディアナ
「邪魔だからそこを退きな! ガキども!」
駆け出した女は、慌てて行く手を開けたフラム達の間を、その大柄な体を感じさせない程に風の如く一瞬にして駆け抜ける。
「はやっ!」
ジュロウドを喰らっていた魔獣も動き出そうとしたが、それよりも早く女がその横を駆け抜け、少し後ろで立ち止まった。
魔獣も素早く後ろを振り返ったが、その体は五つの輪切りにされた状態で肉の塊と化して崩れ落ちた。
「すごっ! あの魔獣を一瞬で。あれがエレーナの母親なの?」
「ああ、ディアナさんだ」
腰の後ろにある鞘に剣を戻したディアナは、その目をフリードに向けて溜息を洩らす。
「こんな頼りない優男の何処に惚れたかねえ」
優男に関してはジオーネも見た目では言えたものではなく、ただ、頼りないと言う面ではディアナからしては返す言葉もなく、フリードは苦笑いするしかない。
次いでその目はエレーナに向けられる。
「それで、お前はどうしてここに居る? どうせ義父さんを困らせるために来たんだろうが」
「違う! 私はただ、もっと強く━━いえ、ここで死んだって構わない。そうしたらパパに━━」
「いい加減にしな!」
徐にエレーナに歩み寄ったディアナは、その話を止める様にエレーナの頬をひっぱたいた。
「そんな事をしたってジオーネが喜ぶ訳ないだろうが。お前、ジオーネが何で死んだか分かってんだろう。あいつが体張って護ったその命を無駄にしてどうすんだい!」
ひっぱたかれた頬を押えているエレーナの目から、勢い良く涙が流れ出し、相手を押し倒さんばかりの勢いでディアナに抱き付いた。
ディアナはまるでびくともせずにエレーナを受け止めた。
「私のせいでお父さんが……」
「知ってたのか……」
「私はただ、怒って欲しかったのよ。私が悪いのに、誰も怒らないから、ずっとずっと自分が嫌で……情けなくて…………」
ディアナの大きな手が、胸元に顔を埋めるエレーナの頭にそっと置かれる。
「義父さんは優しいからな」
それを聞いてフラムとパルは苦笑いを浮かべる。
「優しいかしら」
「そうは思えないでヤンス」
「そう言うなって」
「私も忙しさにかまけて、大事な時に一緒に居てやれなかったからな。悪かったな」
ディアナの目が再びフリードに向けられる。
フリードは背筋を正す。
「そこの優男。エレーナは暫く私が預かるから心配するなって義父さんに言っときな」
「名前では呼ばれないのか……」
次いでその目は、フラムに向けられる。
フラムは少し緊張を見せる。
「その剣。そうかい、お前さんが。余り似つかないもんだねえ。さあ、行くか」
ディアナは抱き付いているエレーナの体を少し浮かせると、そのままの態勢で歩み出し、
「ここにはもう暫くは魔獣が出ないだろうが、もしもがあるからな。お前達も早く出た方がいいぞ」
後ろ手で手を振りながら去って行った。
「随分と豪快な人ね」
「まあな。剣の腕も、先生が魔獣召喚士なら、純粋に剣士としてはディアナさんがダルメキアで一番だろうな。さて、俺達も戻るか」
ウォルンタースの元に戻り、フリードの口から事の顛末を話した。
「そうか、エレーナは全てを知っておったのか。儂が甘やかし過ぎたと言う訳じゃな。情けないのお」
「あれ? そう言えば、またエドアールの姿が見えないようだけど……」
「いつの間にやらいなくなっておったわ。あ奴はいなくなる時は儂ですら気付かんからのお。ほっ、ほっ、ほっ」
「ここで磨かれたんだろうけど、姿を消すのはあんたより上なんじゃないの?」
「ある意味ダルメキアで一番かもしれないでヤンス」
「かもな」
「そんな事より、ちゃんと修行をして来たかのお?」
「冗談じゃないわよ。あんなに強い魔獣が相手じゃあ、もし戦っても修行にもなりはしないわよ」
「ほっ、ほっ、ほっ、その程度の魔獣を強いと言うのも問題じゃが、何も戦う事だけが修行ではありゃせんぞ」
言っている意味が分からず、フラムは眉を顰める。
「ディアナの太刀筋を観れたのじゃろう。何も感じんかったのか?」
「いやいや、あれだけではとても真似出来るもんでもないし」
ウォルンタースは溜息を吐きつつ首を振る。
「滅多に見れぬディアナの太刀筋を観れたと言うに。誰も真似などせいとは言うとらんぞ。真似した所で、ましてやその相手が達人級の人間なら尚更、超えるのは至難と言うもの。その技を見てどう感じ、それを己にどう生かし、それを自分のものとして行くのが剣の道と言えよう。話にならんわ。普段の一つ一つが修行と言えば修行なのじゃぞ。まあ良い。今日はもう休め」
そう言って杖を突きつつ家の中に入って行った。
「何か急に剣聖らしい事を言ったわね」
「でヤンス」
「だから先生は凄い人なんだって」




