第十話 自暴自棄
エドアールが言っていたダリストと言う場所は、フリードが知っていると言う事で、フリードの先導で二人と一匹は先を急いだ。
「ねえ、一つ訊いていい?」
先を急ぐ足を止めず、唐突にフラムが訊く。
「何だ?」
「あんた達が先生って呼んでるから流れでそう呼んでたけど、何で剣聖は師匠じゃなくて先生って呼ばれてるの?」
「ああ、その事か。先生に師事する人間は大概が師匠って呼ぶんだけど、先生自身が儂はそんな敬われる人物ではないと嫌がってな。呼ぶなら先生と呼べって言うから、それでも師匠と呼ぶ者もいるが、先生って呼ばれるようになったのさ」
「へえ~、でも先生も十分敬われる人物に聞こえるけど」
「先生が言う先生は、ただ単に人より先に生まれただけの先生って事だそうだ」
「ダジャレでヤンス」
「らしいっちゃ、らしいけど」
「まあな。さあ、少し急ぐぞ」
さほど遠くない場所にそこはあった。
大きく口開けた洞穴の中は暗く、フラムは入り口でフラントを召喚し、体を纏う炎の明かりを頼りに中に足を踏み入れた。
「どうやら急いだほうがよさそうね」
「ああ」
奥の方から大きな魔力が感じられた。
何より激しい金属音の様なものが聞こえて来る。
フラントを先頭に、フリードとフラムは先を急いだ。
少し先で見たものは、吹っ飛ばされて壁に叩き付けられるエレーナの姿だった。
エレーナの口からは少し血が垂れている。
「エレーナ!」
奥には小柄ながら凶暴そうな魔獣が身を低くして威嚇している。
「風魔獣のジェロウドか。初めて見るわ。こんなレア魔獣が見られるなんて、さすがは魔界に繋がる道ってとこね」
感心するフラムを余所に、フリードはエレーナとジェロウドの間に割って入り、抜き放った剣を構える。
「大丈夫かよ?」
「何しに来たのよ」
「何しにって、お前こそ一人でこんな所に何しに来たんだよ」
「ここで戦えるようにならないと、クソジジイには勝てないでしょう」
「馬鹿言うなよ。死んだら元も子もないだろう」
「その時はそこまでの人間だって事よ。どの道生きていても、あんたもあんたで逃げ廻ってばかりだし」
「それはだな……」
「来るわよ!」
フラムの声とほぼ同時に動き出したジェ ロウドがフリードに襲い掛かる。
フリードが振るった剣がジェロウドに当たる寸前、ジェロウドの体の全体に纏われている風に流されて剣は弾かれてしまった。
ジェロウドの牙がフリードの首元に迫る寸前、今度はフリードが剣を弾かれた反動を利用して一廻転する。
体に纏う風に流されないように剣で突きかかるが、ジェロウドは口から風を吐いて勢いよく後ろに下がり、これを躱した。
「さすがに一筋縄ではいかなさそうね」
フラムもフリードの元に歩み寄るが、それを見たエレーナは、嫌な顔を見せながら立ち上げる。
「まったく、腹立たしい組み合わせね。どうせクソジジイに言われて来たんでしょうけど、放っておいてくれればいいのに」
「あんたね━━」
文句を言おうとしたフラムをフリードが制する。
「いい加減にしろよ。先生だってお前の事が心配で━━」
今度はフリードが話を止められた。
それを止めたのは洞窟の奥から近付いて来る途轍もなく大きな魔力だ。
「何なのよ、この大きな魔力は? こんな狭い所に竜魔獣が来れるって言うの?」
「何が来るってんだ……?」
ジェロウドもフラム達に構うことなく反転し、身を低くして唸り始めた。
激しい地響きが奥の方から徐々に近付いてくる。
奥の闇からぼんやりと姿を浮かび上がらせたのは、ジェロウドよりも遥かに大きな体をした魔獣だった。
「また見たこともない魔獣。何なのよ、あの異常な魔力は……」
フラム達はただただ目を丸くする。
目の前で咆哮を上げた魔獣に、ジェロウドが先に飛び掛かったが、現れた魔獣は素早い動きで躱すと共に、ジェロウドの体にかぶりついた。
ジェロウドは激しく身悶えするが、直ぐに動かなくなった。
魔獣はジェロウドのを地面に下ろすなり、フラム達に構わず、その肉を喰らい始めた。
「あのジェロウドを簡単に捕食って。まさかあんな化け物と戦う事が修行とか言うわけ? 何考えてんのよ、あの先生は。本当にクソジジイだわ」
「確かにでヤンス」
ジェロウドを食べている魔獣に不意に目を向けられて、フラム達は竦み上がる。
「おやおや、そんな魔獣一匹に雁首揃えてビビッてどうすんだい」
後方から聞こえて来た声に、フラム達は振り返る。
そこには、幅広な刃の蛮刀に似た剣を担ぐように持つ大柄な女が立っていた。
「誰?」
「あれは━━」
フリードが言うより早く、エレーナが飛ばした言葉にフラムとパルは驚いた。
「ママ!」
「マ、ママ!?」




