第九話 真実は儚くも厳しく
「そこに現れたのは竜魔獣アグバロンだったらしい」
「アグバロン!? 竜魔獣だから当然だけど文献でしか見た事ないわ」
「それも三匹だ」
「三匹も……!?」
「ジオーネの魔力を感じて集まってしまったんだろう。ジオーネ一人なら最悪でも逃げる事が出来たかもしれないが……」
「そうか、まだ幼いエレーナが居たんじゃあ、他にも魔獣が居るでしょうし。でも、どうしてそんなことが分かるの? もしそれでジオーネが死んだのなら、伝える人間が居ないでしょう。エレーナも寝ていたのなら尚更」
「それは、ジオーネの慌てぶりを不審に思った目撃者が、先生に伝えたんだ」
「じゃあ、その後魔界に━━あれ?」
フラムがウォルンタースに目を遣るが、先程まであった姿がなかった。
「ここから先は先生にも辛い話だからな……」
ジオーネから少し遅れてウォルンタースもジオーネが通った洞穴を、同じ表情で駆けていた。
まだ少し若かったウォルンタースの足は、ジオーネに負けず劣らず速く、先に向かったジオーネが魔獣を斬り捨てた事によってそれほどの障害もなく、ジオーネが斬り捨てた魔獣を横目に魔界へと急いだ。
直ぐに明かりが見え、それを抜けた先で、ウォルンタースの足が止まった。
「これは……」
ジオーネが来た時は鬱蒼と茂っていた森が、完全に氷の中に飲まれていた。
「もしかしてそれって……」
「ああ、属性魔力の暴走。自ら引き起こしたって先生からそう説明を聞いた。氷の中心に向かうと、そこには分厚い氷の中に閉じ込められた三匹のアグバロンの姿があり、その先にはその身が氷と化したジオーネの姿があったらしい」
「それってフラムが話していたクリスタの最後と同じでヤンス」
フラムも目を見張っていた。
「じゃあ、もしかしてエレーナは」
「そんな中でもエレーナだけは凍っていなかったらしい。それもお前の話と同じだ。だから俺もお前の話を聞いていて、本当に驚いたよ。他にもそんな話があるんだってな」
「でも、それって先生は全然悪くないじゃない」
「エレーナはジオーネを慕っていたからな。真実を知ればどうなるか」
「他言は無用じゃぞ」
「わっ!?」
消えていたウォルンタースの姿が直ぐ横にあり、フラムとパルは驚く。
「全ては駆けつけるのが遅れた儂が悪いのじゃ。それでええじゃろう」
気まずい空気が流れる中、
「先生、大変です!!」
聞き覚えのある声があらぬ方から飛んで来た。
三人と一匹が向いた視線の先には、姿を消したエドアールが血相を変えて向かって来る姿があった。
やって来たエドアールは、両膝に手を置いて弾む息を整えてから身を起こし、フラムに目を遣った。
「何だ。戻ってたのか」
「何だとは何よ」
「そんな事より、どうしたのじゃ?」
「ああ、そうそう、大変なんです! これから何処に行こうかと考えながら森を歩いていたら、エレーナを見かけて。少し様子が変だったので、後を付けたんです。そしたらあいつ、魔界に向かう穴に入ろうとしていたんです」
「何じゃと?」
ウォルンタースだけでなく、フラムとパル、フリードも顔を見合わせて驚く。
「それでどうしたのじゃ?」
「止めたんですが……」
言い辛そうに話を濁すエドアールに、ウォルンタースは溜息を吐く。
「何処まで人を困らせれば。それで、場所は?」
「ダリストの方です」
「困ったのお。儂の管轄外じゃ。仕方あるまい。お主たちで連れ戻して来い」
目を向けられたフリードとフラムは慌てる。
「俺たちが!? いや、俺はエレーナから逃げ廻っている身で」
「私だってエレーナには嫌われてるし」
「何を言うとる。フリードが言った方が説得しやすかろう。それに、フラムにとっては修行になるやもしれぬからのお」
それでも二人は納得してなさそうだったが、
「早くせい! 手遅れになるであろうが!」
その声に押されてその場を離れた。
「何をこそこそ笑っておる。お前はこれから薪割りが待っておるぞ」
嫌がる二人の姿にほくそ笑んでいたエドアールは、背筋を伸ばす。
「いや、俺は戻って来たわけじゃなくて……」
「役に立たぬならせめてそれぐらいして行け」
「そんな……」
戻って来るんじゃなっったと、内心後悔するエドアールであった。




