第八話 親と子の悲劇
少し開けた見渡しの良い場所で、小さな女の子が険しい顔でしゃがんで身を屈め、掌を地面につけていた。
「ある、あるしお、ぼる、ぼるとーあ!」
拙い言葉で魔獣召喚陣の呪文を唱えるが、成功しない。
諦めずに何度となく唱え、何度かはすんなりと一息で唱える事に成功はするものの、魔獣召喚陣は現れない。
「やっぱりまた、ここに来てたのか」
後ろから聞こえて来た声に女の子は嬉しそうに立ち上がり、振り返るなり足元に抱き付いた。
「パパ!」
女の子をゆっくりと抱き上げるその人物は、在りし日のジオーネだった。
抱き上げられた女の子は幼き日のエレーナだ。
「全くお前ってやつは。お前はママに似て魔力が殆んどないから、魔獣は召喚出来ないって言ってるだろう。いい加減に諦めたらどうだ?」
「イヤだ!」
エレーナは両頬を膨らませる。
「今は駄目でも、将来は魔力が上がるかもしれないじゃないか」
「イヤだ。はやくパパみたいなまじゅうしょうかんしになるんだもん」
「せめてフリードみたいに剣士を目指したらどうだ?」
「イヤだ。いろいろなまじゅうを出せるパパみたいになるの」
「困った奴だな……」
顔を背けて口を尖らせるエレーナに、ジオーネの口から深い溜息が洩れる。
「頑固な所は父さん似だな。そんな事より、ママが久々に帰って来てるぞ」
「ママが!」
「おっと!」
エレーナは強引にジオーネの腕の中から飛び降りると、一目散に家の方へと走って行った。
「女の子なんだから、少しはお淑やかにして欲しいもんだが、あの分じゃあ無理そうだな……」
文句を言いつつも後を追って歩み出したジオーネの顔から、笑みが絶える事はなかった。
「エレーナの母親って今も健在なの?」
「ああ、俺よりもずっと凄腕の剣士だ」
「フリードより上でヤンスか?」
「それで、今は何処に?」
「ルディア様が亡くなってからは、ディオドスの時にはジオーネとそれぞれが魔界とを繋ぐ穴が多い場所に出向いて監視をして来たんだ」
「じゃあ……」
「今も何処かの穴に出向いているはずだ」
「そう。それで、どうしてエレーナは先生を恨む事になったの?」
「それがだな……」
或る日のこと、エレーナの姿が見えず、ジオーネはいつもの如くその姿を求めて探し廻っていた。
またあの場所だろうと高を括っていたのだが、そこに姿はなく、よく行く他の場所も当たってみたのだが、そこにも姿はなかった。
仕方なく近くに住む人々に聞き込み、一人からエレーナを見たと重要な証言を得た。
「何処に向かったの?」
「魔界の入り口の方だ」
「魔界の!?」
「見た人間には、そこに魔界の入り口があると知らせてなかったから驚いた様子もなく、大した事と思ってもいなかったんだろうが、いつも冷静だったジオーネがとても慌てていたって話だ」
魔界へと繋がる洞穴を、血相を変えたジオーネが尋常ではない速さで奥へと駆けていた。
その行く手を凶暴そうな魔獣達が阻んでくるが、
「退け!!」
刃がない剣に様々な属性を纏わせて刃に変え、次々と斬り裂いて行く。
「無事でいてくれ、エレーナ!」
やがて奥に明かりが見え、そこを抜けると、鬱蒼とした森が広がっていた。
広大な魔界の中で殆んど魔力を持たないエレーナを探すのは、困難かと思われたが、少し先に、多くの魔獣が集まる気配が感じられた。
直ぐにそちらに向かうと、数匹の大柄な魔獣に囲まれたエレーナの姿があった。
幸いにもまだ襲われた様子はなく、エレーナはここまで歩いて来て疲れたのか、眠り込んでいる。
ほっとする間もなく動き出したジオーネは、エレーナを囲む魔獣達が襲い来る間もなく一瞬にして倒してしまった。
「何でこんな所まで。それにしても呑気な奴だな」
ようやく笑みを見せたジオーネが、エレーナを抱き上げようとしたその時、その顔は一変する。
「よりによってこんな時に何であんな連中が……」




