第二話 始まると思いきや
「フラム、まだ朝が早いでヤンスよ……」
眠そうに目を擦るパルを肩に乗せ、フラムは与えられた部屋から出て来た。
「昨日はもやもやしてあまり眠れなかったのよ。あのジイさんは朝早く出て来いって言ってたから、こっちも眠いのよ」
フラムも大きな欠伸をしながら家のドアを開けた。
「え?」
家の外では、ウォルンタースが背を向けて立っていた。
「早く起きて来いと言うておいたのに、随分と遅いのお」
「遅いって、まだ夜明け前ですよ」
辺りは山の向こうの方が少し明るくなって来たところだ。
「何を言うとる。フリードはもう起きて仕事をしとるぞ」
「フリードが?」
何やら音がするので家の横手に廻ると、フリードが薪割りをしている。
「おお、おはよう! ようやく起きたか」
「あんたは何でこんなに早くにそんな目が冴えてんのよ?」
「何でって、ここに居る時はそれが日課だったからな」
フラムとパルは大きく溜息を吐き出す。
「これが毎日続くの……」
「持たないでヤンス……」
「何を最初から弱気な事を言うとる。やる事は色々あるぞ。飯炊きに掃除、食べ物の買い出し、帰って来たら昼飯の用意。それが終わったら薪拾いに風呂の用意。更に夕飯の━━」
「ちょっと、ちょっと、修行は?」
「何を言うとるんじゃ。働かざる者と言うじゃろうが。まずは働いて、空いた時間があればちゃんと修行をつけてやるぞ。ほっ、ほっ、ほっ」
「ほっ、ほっ、ほっ、て、単に人使いが荒いだけじゃないのよ」
「魔獣遣いが荒いのはフラムも同じでヤンス」
「魔獣と人間じゃあ、体のつくりが違うでしょう」
「同じでヤンスよ」
「何よ」
「ほれほれ、何をくっちゃべっとるんじゃ。そんな事をしておると、それこそ時間が無くなるぞ。ほっ、ほっ、ほっ」
再びフラムの口から大きな溜息が洩れる。
「どの道やらなきゃあ教えて貰えないんだろうし、分かりましたよ。やりゃあいいんでしょう、やりゃあ。こうなったら、とっとと終わらせて、みっちり修行させてやるんだから」
「その意気でヤンスよ」
「何他人事のように言ってるのよ。あんたも手伝うのよ」
「オイラもでヤンスか?」
「当然でしょう。今言われたでしょう、働かざる者って。あんたもしっかり食べてるんだから働かないと」
「それはそうでヤンスけど……」
今度はパルの口からも大きな溜息が洩れる。
と言う事で、フラム、そしてパルは、修行の時間を少しでも絞り出そうと気合を入れて言われた仕事を始めたのだが……。
朝飯の用意、掃除、食事の買い出し、昼食の用意と、普段はして来なかった慣れない仕事をこなしている内に時間はあっと言う間に過ぎて行き、最後の仕事である風呂の炊き出しを終える頃には、もう日が暮れようとしていた。
「あ~、もうダメ。これ以上は動けないわ」
フラムは地面にへたり込んでいた。
「おお、おお、情けないのお。それではどれだけ時間があってもとても修行なんぞ出来やせんぞ。ほれ、見てみい。フリードはお主の倍は動いておるが、ぴんぴんしとるぞ」
話を聞きつけて来たフリードは、確かに全く疲れた様子がない。
「迅速のフリードって言われるようになった理由が少し分かる気がして来た」
「俺が何年ここに居たと思ってんだ。俺も最初はかなりへばってたからな。それに、ここに先生に修行を志願しに来た連中の殆どが、一日二日で居なくなっちまうからな」
「分かるでヤンス……」
パルはフラムの肩ではなく、フラムに背中合わせになるように同じくへばっている。
「修行に来る所を間違えたんじゃないでヤンスか」
「まったく、アインベルク様も恨むわよ……」
「一日目から何を弱気な事を言っとるんじゃ。明日からもまだまだ続くんじゃぞ。そうそう、余りに寝坊すると、朝飯は抜きじゃからな」
「ちょっとちょっと、こんなに疲れてる上に朝飯まで抜かれたら、それこそ動けないわよ」
「オイラもでヤンス……」
「ほっ、ほっ、ほっ……」
「あの笑い声が悪魔のささやきに聞こえて来た」
「同感でヤンス……」
兎にも角にも、こうして過酷な? 一日目は過ぎて行った。




