第二十五話 話は思わぬ方向に
恐ろしいまでの悪寒の原因は、ジオーネとボルドーネが消えた奥の闇からだ。
「何なの。この殺気を感じる大きな魔力は?」
肩に乗るパルは勿論、奥に向かって身を低くして唸っているフラントも、体を包む炎で分かり難いものの震えている様に見える。
「手を抜いていたって言うのも、あながち嘘ではなかったようね。ジオーネの魔力もさっきとは比べ物にならない。それ以上にもう一つの方は……一体何が居るって言うの……?」
「フラム、怖いでヤンスよ」
「そうね。こんなの奥に来いって誘われても行きたくなくなるわよ。貰うものは貰ったんだし、さっさと戻りましょう」
魔獣召喚士としては何があるのか少しの興味がそそられるものの、パルとフラントがこの様子では、戻らざるを得なかった。
滝の裏側近くまで戻ったフラムは、魔獣召喚陣を作り、フラントを戻してから今度はヒュービを召喚する。
「ヒュービ、向こう岸まで氷で道を作ってちょうだい」
ひょこひょこと滝の横から姿を見せたヒュービは、滝壺に溜まる水に向かって冷気を吹き付けた。
フリゴメのように一気に対岸まで氷の道を作るまでは叶わなかったが、一本の氷の道が少し伸びた所でその道を歩み、更にその先でまた冷気を吐いて氷の道を伸ばして行く。
フラムはヒュービが作ってくれた氷の道をヒュービの後を付ける様にして歩いて行く。
対岸に渡るまで、そう時間は掛からなかった。
「ありがとう。助かったわ」
ヒュービが礼を言われて喜んでいる所に、ディコが遠くから走り寄って来た。
「お姉ちゃん!」
「ディコ、大丈夫だった? 兵士達は?」
「捕まりそうだったんだけど、後ろの水面からペペが顔を出してくれて、冷気を吐く構えをしたら慌てて逃げて行ったから」
「へえ~、立派な護衛役ね。何処かの誰かとは大違いね」
冷ややかな目線が肩に乗るパルに向く。
「何でヤンス? オイラも随分と役に立っているでヤンスよ」
「そうかしら」
「そうでヤンスよ!」
「まあまあ」
ディコは苦笑いするしかない。
「それより、剣はあったの?」
「もちろん」
フラムは背中に交差して掛けている剣の一本に手をやる。
「ちょっと大変な思いもしたけどね」
「確かに、でヤンス」
「そうそう、あの事は言っちゃダメよ」
表情を変えずに顔を前に向けたまま、小声でフラムがパルに耳打ちする。
「洞窟の奥の事でヤンスね」
「これだけの人に知れたら、大騒ぎになっちゃうから」
「分かってるでヤンス」
「さっきから何をコソコソ喋ってるの?」
「何でもないわよ」
フラムは笑みのまま慌てて首を振る。
「怪しいな」
ディコの訝しむ目に、パルも慌てて目を逸らして口笛を吹く。
「もういい。どうせ話してくれないんだろうし」
「いや、そう言うつもりじゃあ……」
むくれるディコに、フラムは苦笑いするしかない。
「それより、これからどうするの?」
「そうね。剣も手に入れた事だし、帰ろうと思うけど」
「どうせだったら家に泊まってってよ。お父さんもお母さんも喜ぶと思うし。ゴハンも用意してくれると思うよ」
「フラム、ゴハンでヤンスよ!」
「あんたはゴハンとなると目の色を変えるわね」
「フラムはお金となると目の色が変わるでヤンス」
「それを言われると何も言えないけど。そうね。もう直ぐ日も暮れそうだし、とりあえず、挨拶だけどもしておこうかしら。泊まるかどうかはいきなりだし、両親と相談の上って事で」
とりあえず、挨拶がてらにディコの家に行く事となった。
直ぐ近くのアンチェンの町にあるディコの家は、依然と変わりなくひっそりと建っていた。ただ、何かが違っていた。
「ただいま!」
家のドアを開けるなり、ディコの大きな声に、いつもなら明るい笑みと共に返って来る両親の返事がない。
よくよく考えれば、少し帳が下りて来た頃なのに、家の中に明かりが灯っていないのも変だ。
「お父さん? お母さん?」
ディコが不安そうな顔で家の中を探し廻るが、両親の姿は何処にも見当たらない。
「どうしたんだろう。こんな時間に出掛けた事はないのに……?」
「確かに妙ね……?」
「フラム、あそこに手紙が置いてあるでヤンスよ」
パルがテーブルの上に置かれている手紙を見つけ、それを手にして読んだフラムの顔が、険しく変わって行く。
「これは……」




