第二十二話 滝の裏
迫力のある三匹のフリゴメの巨体が、激しく水飛沫を上げて水の中へと消えて行く。
「冷たいでヤンス」
観光客達からは拍手の嵐が巻き起こる。
「三匹のフリゴメって、まさか!」
「そう、お姉ちゃんと流したフリゴメの内の三匹が大きくなったの」
「大きくって、あれからそんなに経ってないわよ」
「ポポだって直ぐにおっきくなっちゃったんだよ。もしかしたら、ここの水が特別な魔獣に良かったのかも。ポポもここの水で育ててたから」
「水がねえ。恐らく特異体なんでしょうけど」
フラムは苦笑いするしかない。
「それにしても、ディコは本当に魔獣が好きみたいね。将来は魔獣園をしたいって言ってたし」
「大好きだよ。知れば知るほど魔獣って面白いし、もっともっと知って行きたい」
「何かルシェール様みたいね。案外ルシェール様と気が合うかも」
「ルシェール様って、あの五賢人の?」
「ええ、ルシェール様も魔獣を探求している方だから」
「そうなんだ。会ってみたいな」
「ダメでヤンスよ。ルシェール様は極度の人嫌いでヤンス」
「それもそうね」
ディコは不思議そうに首を傾げる。
「それよりも、お姉ちゃんは何でここに来たの?」
「そうそう、久しぶりにディコに会いにって言うのもあるけど、大事なものを取りに来たのよ」
「大事なもの?」
「あのアンチエゴ大滝の裏側に剣があるらしいのよ」
「剣が? 聞いたことないけど。そもそも、滝の裏側に行けるって初めて聞いた」
「確かに、どうやって行くんだろう」
滝の下にはかなりの水が溜まっており、滝に近付くのも歩いては無理そうで、このままだと泳ぐか、滝の上からロープで降りるか、もう一つは 。
「魔獣を召喚するしかないかな」
「それだったらちょっと待って」
その場にしゃがもうとしたフラムを引き留め、ディコは水辺に歩み寄ると、心地よいほどの指笛を鳴らした。
再び水面に気泡が上がり始め、一匹のフリゴメが姿を見せた。
「もしかして、このフリゴメも懐かせたの?」
「まだこの一匹だけだけど。名前はペペって言うの」
「名前まで付けたの!? 操縛の印も使わずに手懐けるなんて、魔獣召喚士より凄いかも」
「確かに、フラムより凄いでヤンス」
「どういう意味よ」
「まあまあ」
睨み合うフラムとパルをディコが宥める。
「いいぺぺ、滝の近くまで歩けるようにしてくれる?」
ぺぺは応える様に一鳴きすると、岸辺と滝の間に冷気を一直線に吹き付けた。すると、一本の氷の道が出来上がった。
「助かった。これで魔獣を召喚しなくていいわ」
「やっぱりフラムより凄いでヤンス」
「あんたね」
「まあまあ」
「おいそこの連中、何をするつもりだ!」
滝壺に氷を張った事で、さすがに近くの兵士が不審に思い、駆け寄って来る。
「お姉ちゃん、早く行って。ここは私が何とかしておくから」
「でも━━」
「早く!」
ディコに押し切られる形で、フラムは氷の道を使って滝の方へと駆け出した。
それを見届けたディコの指示で、ペペが氷の道の端を壊し、兵士達が後を追って来れなくなった。
「何から何までディコに助けられちゃったわね」
「本当でヤンス」
さすがにここまで助けられると、パルに返す言葉もない。
直ぐに滝の近くまで辿り着き、滝の横から裏側を覗き込む。
「本当だ。剣聖が言っていた通り、大きな空洞があるわ」
表からは激しい水の流れで見えないが、滝の裏側には滝の半分ほどの高さがある空洞があった。
「随分と奥まで続いてそうね」
「オイラでも先まで見えないでヤンス」
高さがあるだけに入口からそこそこの光が入って入るものの、全く洞穴の奥は漆黒の闇に包まれていて見えない。
仕方なくフラムは、明かりと護衛を兼ねてフラントを召喚した。
先頭を行くフラントを包む炎の明かりを頼りに慎重に奥へと歩みを進める。
何一つなく、小石が散らばる洞穴をただただ歩いていたフラムの歩みが止まった。
「あった!」
少しへばり掛けていた所で、地面に突き刺さっている一本の剣を見つけた。
「本当に深い洞窟ね。剣があるって知ってなかったら、とっくに引き返してる所よ」
フラムが深い溜息を吐いて剣に歩み寄ろうとした時、フラントが行く手を遮った。
「どうしたの?」
フラントは身を低くして、更に奥に続いている洞穴の奥の闇に向かって唸りだした。
「フラム、何か奥に居るでヤンスよ」
「何か居る? 何が居るって言うの……」




