第十九話 剣聖ウォルンタース
ゆっくりと歩いて来るのは、杖を突いた小柄な老人だった。
「あれが本当に剣聖?」
「オイラでも勝てそうでヤンス」
「バカ言え。ああ見えて、俺が全く歯が立たないからな」
「あんたが!?」
歩み寄って来たウォルンタースが顔を顰める。
「何じゃい、大きな声を出しおって。おお、フリードも来ておったのか」
「お久しぶりです、先生」
「うむ。それとお主は……」
ウォルンタースの目が、フラムに移る。
「えっと、私は━━」
「そうか、お主がフラムじゃな」
「えっ、どうして!?」
「まあ、それは後にして、今はエドアール」
名前を呼ばれ、エドアールは背筋を伸ばす。
「お前は何をしておったのじゃ? 儂は霧から魔獣が出ぬように見張っておけと言っておいたはずじゃが」
「何よ、それ。じゃあ、無駄に戦わずに済んだんじゃないのよ」
「本当だな」
「そうだったかな……」
「何を惚けておる。お前のこの頭はどうなってるのじゃ?」
目を逸らして惚けるエドアールの頭に、ウォルンタースが持つ杖の頭が木魚のようにポクポクと打ち付けられる。
「痛い。先生、痛いですって」
「あれって、アインベルク様があんたにしているのに似ているけど、関係あるのかしら?」
「何だかオイラの頭も痛くなって来たでヤンス」
パルも思わず頭を押さえる。
「まあ良いわ。先に魔獣達をどうにかする方が先じゃの」
ウォルンタースが顔を振り向けると、魔獣達は一斉に身構え、威嚇を始めるが、ウォルンタースが一睨みした刹那、全ての魔獣が体を震わせ始めた。
「さあ、行くぞ。付いて来い。ああ、お前達はここで待っておればよい」
フラム達にここで待つように言った後、歩み出したウォルンタースに、魔獣達は互いの顔を見合わせてから、全ての魔獣がその後にぞろぞろと付いて行った。
「今の何? 目を見ているだけで殺されると思った」
「オイラもでヤンス」
フラムとパルは微かに震えていた。
「だから言っただろう。俺でも歯が立たないって」
少ししてウォルンタースが戻って来たが、付いて行った魔獣達の姿はない。
「魔獣達はどうしたんです?」
気になってフラムが訊く。
「元居た場所に戻しただけじゃよ。さあ、これでケーレも静かになった事じゃし、エドアールよ、ケーレの村人達に戻ってよいと伝えて来い」
「私がですか?」
「儂の見立てだと、お前だけ何もしておらんのではないのか?」
「それは……」
「だったら少しは仕事をせんかい。それが終わったら薪割りが待っとるぞ」
「はあ~、分かりましたよ」
「何じゃその返事は?」
ウォルンタースの軽い睨みに、エドアールの背筋が伸びる。
「行って参ります!」
エドアールは慌ててその場から駆け去って行った。
「アルファンドの王子様が随分とこき使われているのね」
「あれじゃあ城に戻った方がよかったんじゃないか?」
「でヤンスね」
「ほらほら、お主らも喋っとらんで、立ち話もなんじゃから付いて来い」
ウォルンタースが歩み出し、フラム達もそれに続く。
少しすると、森の中に少し開けた場所に、こじんまりとした家が建っていた。
「これが剣聖の家?」
「剣聖と言っても単なる小さなジジイじゃぞ。一人で暮らすのにそんな大きな家もいらんじゃろう」
横手には、薪割りが途中の木が多く積まれている。
「先生は他に何か所か家があるけど、どれも似たようなもんさ」
「へえ~、意外と庶民的なんだ……」
「でヤンスね」
「何をしておる。話なら中でじゃ。ほらフリード、早く入ってお茶を用意せんかい」
「分かってますよ」
「あら、アンタまでこき使われるんだ」
「先生は使えるものは使う主義だからな」
「はようせんかい!」
「はい!」
フリードは慌てて家に駆け込んで行く。
「かなり気難しそうな人ね」
「でヤンスね」




