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カルテ96 ハイ・イーブルエルフの密やかな悩み その13

「今日、ここにあたいが呼ばれたのは、単に足の水虫のためだけじゃなかったってことが何よりよくわかったわ。神様はあたいの皮膚を通して、あなたが謎を解くのを手助けしてくれたってことね」


 イレッサは神妙な顔をしながら、空になった湯呑みをそっと机の上に置いた。


「なるほど、そうともとれますね。どこの神様かは知りませんが」


「あたいはこれから符学院について徹底的に調べるわ。まずは敵をよく知らないと、対策を立てることなんてとても出来っこないし。そしてそれと並行して、我がイーブルエルフの仲間たちを魔の手から救ってみせる!」


 モヒカン頭を小刻みに振動させ武者震いをすると、ハイ・イーブルエルフの孤高の戦士は、右手でガッツポーズを作った。


「あと、水虫もしっかり治してくださいね~。といっても簡単には治療できませんけど。こいつらを退治するためには抗真菌薬ってのを使いますが、表面の症状が治まったっと思って油断しても、白癬菌はどんどん皮膚の下に潜り込んで、角質層ってところの奥底で眠りにつきます。もっとも実際に寝るわけじゃなくって、殻を被って何もしなくなるんですけどね」


「へぇ……なかなか難しいのね」


 まるで巣穴に逃げ込んで出てこない獣のようだと、狩人でもあるイレッサは思った。


「で、皮膚ってぇのは、古くなった角質層が剥がれ落ちて、どんどん新しくなっていくわけですが、この団子状態の白癬菌が目覚めてまた悪さをしないうちに、毎日毎日、何ヶ月間も患部に薬を塗って、徐々に殺していくのが唯一の根治の方法なんです。そのうち奴らのアジトの角質層がすべてなくなり、新しいものと入れ替わりますが、厄介なことに同じ種類の抗真菌薬をずっと使い続けているとそのうち菌が耐性を持って効かなくなることがありますので、念のために二種類出しておきますね~。数ヶ月おきに交互に使ってくださいね。風呂上りとかによく肌を乾かした後塗るといいですよ~」


「薬の種類まで変えるの? なんだか結構大変そうね……」


「大丈夫大丈夫。でも根気がないと無理ですから頑張ってくださいね~。あと、小まめに手足を洗い、あまりブーツなど蒸れて風通しの悪いものを履かず、サンダルにするのもいいかもしれませんね。また、いつも使っているタオルなんかにも白癬菌は住み着きやすいので、ちゃんと洗ってくださいね~。とにかく清潔第一ってことですな」


「出来るかしら……あたいって昔から面倒臭いことが苦手なのよね〜」


「さっき徹底的に調査するとか声高らかに宣言していたじゃないですか! やればできます! ファイトオオオオオオっ!」


「むっ! そうね! あたいやってみるわ!」


 本多に無理矢理気味に喝を入れられ、普段はちゃらんぽらんなハイ・イーブルエルフも急にシャキッとなった。


「あと、嫌な相手がいたら、自分の足を拭いたタオルを貸してあげるっていうのは良い復讐方法ですよ〜。長年ジワジワと続く苦しみを与えられますからね〜。符学院に匿名で寄付するって作戦はどうですか? フフッ」


 本多はようやく顕微鏡を箱にしまい込むと、主君に邪悪な策を授ける軍師のごとく、ニヒルにほくそ笑んだ。


「ワ〜オ、最高ね、あなたって……惚れちゃいそう。よし、手始めに護符師どもにハクセンキンとやらを蔓延させ、皆股間を掻きむしるようにさせてやるわよ〜ん!」


 どんどん話がおかしな方向に突き進んでいったその時、再び忍者のように気配を全く感じさせずに彼らの背後に立っていたセレネースが、「何バカな妄言を垂れ流しているんですか、二人とも」と、冷たい声で話しかけた。


「あれ、セレちゃん、やっと僕にも緑茶くれるの〜? 話し疲れて喉がちょっと渇いてたところだったんだよ〜」


「だから飲みたければ自分で淹れてください。そんなことより急いで診察を終わらせてください。医院の正面方向から、二人組の黒装束の人物たちがこちらに近づいてきています。イレッサさんを追ってこられたのではないのですか?」


 セレネースは眉ひとつ動かさず、戦場の伝令のように危機的状況である旨をスチャラカ野郎どもに告げた。


「な、なんですって!? 符学院のアサシンたちに違いないわ! こんなところまで来るなんて……! 今日はすでに結構魔法を使っちゃったんで魔力がだいぶ減っているし、弱ったわね……」


「そんな状態で僕に無駄な魔法を唱えないでくださいよ!」


 先ほど風魔法の被害にあったばかりの本多は、盛大にクソ妖精に突っ込んだ。

すいませんがまだ身体症状が思わしく無く、まだしばらく一週間に一話の現状維持でお許しください…では、また。

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