カルテ724 石剣のバレオン その25
「喜んでいただいているところ水を差すようで悪いですが、色々探したんですけどザイルやピッケルなどの装備は結局見つからなかったので、雪原、特に新雪に埋もれている深いクレバスには重々気をつけてください。歴戦のつわもののアルピニストでも注意を怠り油断して落ちて死んだ者は枚挙にいとまがないくらいですからね。何度も通って安全だと思っていた雪原ですら、思わぬ罠が潜んでいるものです。
せっかく凍死寸前から生き返ったのに、氷の壁に挟まれて上が見えるのに登れず絶望しながら凍えて死ぬのは嫌でしょう?」
「お……おう」
想像しただけでバレオンは身体の男性的に大切な部分が縮み上がって体内に引き込まれる感覚に襲われ、身震いした。
「昔はクレバスの眠る雪原には安全な場所にベンガラを撒いたりしてルートを伝えたりしたものですが、今時あまり流行りませんけどねー。一番確実なのはザイルで道を確保することですが、これも手間暇かかるのでしないところが多いです。もっともそうやって皆面倒がるから山の事故が絶えないんですよ。まったく、爺様からどれだけ過酷な救助の話や悲惨な死体の話を聞かされたことやら……」
本多は目をつぶって亡くなった祖父の日に焼けたいかつい顔を思い浮かべた。
「確かに俺がついさっきまで登っていたところは、ところどころそんなものがあるとかいう噂を聞いたような気がする。急に一緒に登山していた仲間が気がついたら音もなく消えていたとか、そんな話もあった。山の悪魔に食われたなんて表現をするやからもいたな」
バレオンは人知の及ばぬ冬山の恐怖を身に染みて思い知らされたばかりでもあり、神妙な顔で答えた。
「まあ、何が起こるかまったくわからないのが冬の山ってやつです。後、雪山で気をつけるべき最大の敵は雪崩です。正直言ってこれに出会ったら死を覚悟せねばなりません。聞きたいですか?」
本多は二段階ほどオクターブを下げてバレオンに尋ねた。




