カルテ719 石剣のバレオン その20
「ほほう、つまりなんか偉い人の命令で、真冬のさなかに峠越えをして敵地くんだりまでして攻め込もうという腹だったわけですか、ふーむ……」
相変わらず簀巻き状態のバレオンに対し、本多は嗜虐的な笑みを浮かべてみせた。
「しっかしよくまあ素人だけで冬山登山しようだなんて馬鹿なことを思いつきましたね。冬季の山なんてのはアイスバーンの上に雪が積もったら即雪崩の巣になるような魔所ばっかですし、その山に詳しい案内人とかシェルパでもいない限り、足を踏み入れてはいけない場所ですよ。こっちの世界でも毎年必ず遭難者や死亡者が続出してますからね」
本多は山好きのクソジジイに散々耳タコになるまで言われた忠告をここぞとばかりにまくしたてた。
「そ……それくらいはわかってたつもりだったんだが、こっちにも事情があってね。何しろ今回の作戦は超隠密行動だし、万が一にも他所に漏れちゃいけないわけよ。だから地元民を雇うってのは無理だったってわけさ。まあ、夏山に登ったことはあるもんで、なんとなるだろうと高をくくってた部分も無きにしはあらずってとこだが……」
「全然違いますって! 冬になると尾根の近くじゃ台風並みの突風が吹き荒れるところも多いし、登山道からせり出した雪庇を間違って踏み抜いて落下死するケースもあるし、特殊な装備があっても難航し、場合によっては引き返すくらいの覚悟がいるのが冬山です。それにあなた仮にもリーダーなんだから、先走って一人で行っちゃ駄目じゃないですか! 山は団体行動が基本で、置き去りや独断専行は即死につながりますよ」
本多の演説は今やキレッキレでバレオンの急所に容赦なくグサグサと突き刺さっていった。
「うぐ……わかったよ。今後気をつけますって。それにしてもあんた、やけに登山に詳しいな。やってた口かい?」
「いえいえ、親族に一人筋金入りの山男がおりましてね。お陰で子供の頃は大変な目に合わされましたが……嗚呼」
本多は自分のつま先に目を落としながら、声のトーンを下げた。深山を縦走した際、あまりの過酷さに彼の足の爪はことごとく剥げ落ちたのだった。




