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カルテ712 石剣のバレオン その13

「さ……寒い……」


 午後の山中で、バレオンは今、凍りかけていた。広い雪原にはビバーク出来そうな岩陰など存在せず、ただただ吹き上げてくる風雪に身体を晒すより他なかった。


「山の風は、夜は山側から吹くけれど、昼間は谷側から吹くって話は本当だったんだな……しっかしどっちにしろ死にそうなほど寒いわ……」


 彼は風下の方を恨めし気にねめあげる。確かにいみじくも彼の言う通り、日中は太陽光で暖められた山肌の空気は軽くなるため山頂に向かって上昇していき、夜間は逆に冷えて重くなるため谷に向かって下降し、それぞれの時間帯に異なった風が吹くというメカニズムなのだった。 


 ちなみに身を切るような夜間の山風は、この地では古くから「カイロックおろし」と呼ばれ、畏怖の対象となっていた。もっとも昼間の風も負けじ劣らずだったが。


「今は、とにかく少しでも身を隠せる場所を……」


 大剣を杖代わりにしてえっちらおっちら雪の中をかき進む。強風は容赦なく彼の体力を奪い、先ほど凶暴な大熊に無傷で快勝した人間と同一人物とは思えないほど憔悴させていた。


 大雨の時などに兵士たちは盾を傘代わりにすることがあるのだが、今は腕を上げて身を守るほどのパワーもおぼつかない。今までは微塵も重さを感じさせなかった鎧が、今はやけに重い。唇は死人のように真っ青と化し、手足の感覚はもはやほとんど無く、ただノロノロと身体を前に運ぶのが精一杯だった。


「このままでは……ヤバいわ……」


 ガチガチと歯の根を打ち震わせながら、何とか声を絞り出す。いっそ大声を出して仲間たちに呼びかけようかと一瞬企むも、疲れ切ったこの身ではつられて再び熊が寄ってきた場合、おそらく勝ち目は薄かった。


「くそっ、まだインヴェガ帝国の兵士の一人も倒しちゃいないってのに、こんなところでくたばるわけにはいかねえんだよ……」


 気力を奮い立たせるため、彼は剣にはめ込まれたメダイオンをさする。娘は今頃暖かい布団の中だろうか。彼女の幸せを守るため、自分はここで倒れるわけにはいかないのだ。なんとしてでも前に……。


 その時、奇跡が起こった。

すみませんが年末の繁忙期のため次回更新は一週間後の12月19日予定です。では!

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