カルテ705 石剣のバレオン その6
「くっそーっ、どうしてこんな目に会うんだちくしょう……」
間断なく降りしきる雪の中、目の前の大熊に対して豪剣を正眼に構えながら、バレオンは呻いた。白髪の目立ってきた頭は雪のせいですでに真っ白で、汚れていた鎧や服も同様だった。そして、彼の手にする異常に大きい漆黒の石製の剣も。
大熊の方はといえば黒熊から白熊に変身するんじゃないかと心配になるほど全身雪まみれだが、元気に後ろ足で仁王立ちになり、両の前足を高々と灰色の天に向かって突き上げていた。身体を更に大きく見せる威嚇の姿勢だ。バレオンも筋骨隆々としており、そんじょそこらの兵士と比べると頭一つ分ほど違うが、さすがにこいつには負ける。
恐らく成熟した雄の熊だと思われる。ほどよい巣穴が見つからないうちに大雪となって冬眠し損ねたはぐれ熊なのだろう。ここカイロック山でも時々見かけると聞いたことがある。しかしよりによって、隊からはぐれて一人となった自分が森の中で偶然遭遇するとは、本当についていない。
「まったく、こちとらロートルなんだから勘弁してくれよ……昔に比べたら、腹も出てきて時々腰痛もあって髪の生え際も少しばかり後退しておまけにあまり夜長時間眠れなくなって大変なんだよ、もう……寒いし」
ブツブツ文句を言い続けるも、相手はしょせん畜生、聞いてくれるわけもない。ただ威嚇し続けて襲いかかるチャンスを待っているだけだ。多分飢えているのだろう。
「くっそーっ、なんでお前さんそんなに吹雪に強いんだよ。こっちはもう凍え死にしそうなんだよ。その毛皮寄こせ」
これは、こいつに食われる前に寒さのせいでぶっ倒れるかもしれんな、とバレオンはぼんやりと考えた。普段なら何時間だってこの体勢を維持できる底無しの体力の持ち主なのだが、このひどい気候がいけない。生命を燃やすのに必要な熱を全て奪い去って虚空に拡散させてしまう。
早く降り止まないかと天に祈るも無慈悲に粉雪が宙を舞うのみであった。




