カルテ696 怪球カマグ(前編) その84
夜明け前後は地表の放射冷却が最も進んで寒さがピークとなる時間帯でもある。室内でも吐く息は白く、カップについた水滴は霜に変わっていた。
「旅?」
「「「修行?」」」
二人、否、二匹の魔獣が同時に首を傾げる。ちなみにケルベロスは三つも首があるのでほとんど横に倒れそうな勢いだった。
「ああ、そうだ」
この気温の中でも、ヒュミラの静かだが熱い口調は変わらなかった。
「実は南国のジャヌビア帝国に潜入しているエージェントがいてな、そやつから連絡があり、それによると今回のターゲットが彼の地に潜んでいる可能性が極めて高いとのことだった。
知っての通りあそこは大陸の最南端のため、北の果てのここから行くまでにはかなりの距離を有するし、さすがにすべて人里離れたコースを行くわけにもいかないから、ホーネルにはこの際人間に変化する術を身につけてもらうとしようと思う。死ぬ気で習得しろよ」
「おっ、それはわりといいアイデアだぜ。三重奏でキャンキャン喋られるのはうるさくてたまらなかったし、これで犬臭いのが少しは減るってもんだ」
「「「何だとこの図体と態度がでかいだけの野良牛野郎!」」」
ケルベロスが吠えるも、ケルガーはいつの間にやら人間体に変化し、「へっへっへっ、残念でしたー、牛じゃなくってヒトでーす」と馬鹿にしまくっていた。
「「「うごおおおおおおお!」」」
「やれやれ、お前たちいい加減に子供みたいな喧嘩はよせ。そしてケルガー、余裕かましているところ悪いが、お前にももう少し戦闘能力をつけてもらおう。これから毎日二人でさっきみたいに半殺し程度でいいから戦って切磋琢磨しろ。」
「ちょちょちょちょちょっと待ってよ団長殿! 無理無茶無謀だって! ほら、魔獣は帝国の兵士とは戦えないんだから、俺たち二人が戦うのは不可能だろ?」
さっきかなりギリギリで命を繋いだ身としてはもうあんな体験はこりごりなので、ケルガーは全身全霊を持って拒否した。




