カルテ676 怪球カマグ(前編) その64
「なに、あの馬の骨以下のくだらん男のことなど気に病む必要すらない。侵入者を殺そうとするなという忠告すらろくに守れんやつだったからな。そもそも彼は孤児院育ちだそうだから実の家族もおらず、おそらくいなくなっても心配する者などほぼ皆無であろう。また、先ほども言った通りあやつは腕は一応確かだが人格的には問題があり、女学生達から密かに苦情が寄せられていたほどだ。遅かれ早かれ問題を起こして学院を首になっていた可能性は高かったし、その手間が省けたにすぎんよ。むしろ礼を述べたいくらいだ」
「い、いえ、そこまでは要らないですが……」
大げさな会釈のジェスチャーをしようとする学院長を慌てて押しとどめながらも、クラリスはどうすればこの窮地を首尾よく切り抜けることが出来るかを真剣に脳内討論していた。幸いあちら側に彼女を罰する気持ちが無いことはほぼ確定でよさそうだし、このまま何事もなかったかのようにここで普通に生活することも可能かもしれない。だが自分がインヴェガ帝国並びに大恩ある皇帝陛下に反旗を翻すつもりなど毛頭なかった。
(何か上手い落としどころはないものだろうか……?)
彼女は口を閉ざしたまま、脳がねじ切れそうなほど搾り上げて考えぬいた。実は現在この崖下にはザイザル共和国に潜む帝国の協力者が待機しており、彼女の脱出に協力する手はずになっている。あまり遅くなるようであれば、失敗したとみなして引き上げてしまうだろう。それは何としてでも阻止したいところだ。それにしてもわからないことが一つある……
「それにしても、何故学院長殿は、私のような小娘を一目で気に入ったのでしょうか? 無理を承知でお尋ねしますが、理由をお聞かせいただければありがたいのですが……」
あまりにも熟考し過ぎたせいか、いつしか彼女は思った通りのことを口にしていた。
「……」
今度はグラマリールの方が押し黙ってしまい、空気が変わった。どうやら質問が彼の急所を抉った様子だ。いつの間にか攻守は逆転していた。




