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カルテ664 怪球カマグ(前編) その52

「グンタイアリですか……」


 彼女は迫りくる亡者のごとき影に対し、ごくわずかに眉をひそめた。噂でしか聞いたことが無い虫だが、確か主に南国のジャヌビア王国のジャングル地帯に生息し、定まった巣を持たず、定期的に放浪を繰り返す特徴を持ち、現地民から恐れられているという死のアリだ。


 彼の地域では人々は夜になると家畜を小屋に仕舞い、アリの脅威から守ると言われる。外で繋がれたままだと、逃げることすら出来ずに食い殺されるからだ。弱っている動物はもちろん、野外で寝ている酔っぱらいなどで食われて死んだものもいる。


「そいつらの食欲と行動力と攻撃力はすさまじく、たとえ川だろうがお互いに抱き合って橋を作って仲間を渡しどこまでも突き進み、大型の猛獣ですら道を譲るという逸話まであるぜ。貴様の美味しそうな身体が虫の餌になるのはちともったいねえ気もするが、俺も切り刻まれるのは勘弁なんで、悪く思うなよ、ケケッ」


 部屋の端で邪悪に嘲笑するセフゾンに冷めた視線を送りながら、クラリスはとある疑問が脳裏に浮かんだ。


「ご高説はよくわかりましたが、そういうあなたは何故グンタイアリに襲われないんですか?」


「おっ、相変わらずいいところを突いてくるじゃねえか。別に教えてやる義理はねえが、俺の服には特殊な油が塗り込んであって、それで平気の平左なわけよ。まあ、地獄行きの餞別代わりだ」


「なるほど、ではついでに教えてください。先ほど私が剣を振るった時、何故すぐにその護符を使わなかったのですか?」


「そんなもん決まってるだろーが! ここまで来れば貴様の逃げ場が無くなるからだ! っていうかもう悠長に喋ってる暇なんてねえぞ!」


「確かにその様ですね……」


 彼女は静かにうなずく。もはやアリたちはザワザワと黒い絨毯のように眼下に広がっており、床は欠片も見えないほどだ。彼の言う通り、出口へはその漆黒の海を渡って突き抜けるしか到達する術はなく、例えば火炎系の護符を用いて退治したとしても、余計な物の多い密閉空間の中でどうなるかはまさに火を見るより明らかだった。




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