カルテ644 怪球カマグ(前編) その32
「おっ、やっとその気になってくれましたねー。どうぞどうぞ、ご存分に!」
まるで、いつまでたっても踏ん切りがつかない罪人に早く切腹しろと促す介錯人のように本多は満面の笑みで応えた。それを目にして彼女はやはりこいつをぶん殴ってやりたくなる衝動に駆られそうになったが、今まで培ってきた忍耐力でこらえた。
「先ほど自分はグルファスト王国の出身だと話したが、あれは嘘だ」
「のっけから違ったんですか、セックスさん?」
「だからそんな名前ではないと言っただろう! 実は私は、ガウトニル山脈を越えた先が生まれ故郷だ。つまり……」
「なるほど、インポガ帝国とかでしたっけ?」
「インヴェガ帝国だ、馬鹿者!」
思わず声を荒げてしまったが、何とかペースを取り戻そうと一旦目を閉じて息を整える。
「……まあ、いい。あなたは先ほどカフェインについて説明する時こう例えられたな。『言うなれば、組織に入り込んだ敵のスパイが組織の一員に擬態して邪魔するようなものですね』と」
「おっ、よく覚えておられますね」
「昔から記憶力は良いのでな。あの時私は不覚にも内心うろたえてしまった。何故ならまさに自分こそが『組織に入り込んだ敵のスパイ』、つまりこのザイザル共和国の符学院に潜入したインヴェガ帝国のエージェントだったからだ。てっきり見破られたのかと焦ったぞ」
「ほほう」
ようやく彼女が核心に触れた時、本多の瞳が一段と輝きを放った。
「順を追って説明するとしよう。ちょっと長くなると思うが良いか?」
「全然かまいませんよ~。だって夜はまだまだ明けそうにないですし、僕の無駄話はあなたの数倍は長いですしね~」
「……」
無駄話だという自覚はあったのか、とつい突っ込みそうになった彼女だったが、そこはグッとこらえて本題に入った。
「私の実家は帝国に古くから伝わる由緒正しい貴族だ。もっとも今ではその上に『没落』の二文字がつくがな、フッ」
彼女はつい自嘲的に軽く笑った。今から話すことは先祖の恥の歴史だ。




