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カルテ641 怪球カマグ(前編) その29

「まったく、カルテには飲酒喫煙欄はあるんですけど、それ以外にもコーヒー欄も常設して欲しいもんですねー。毎回欄外に書くので面倒なんですよ。それにしても、飲み物の話ばかりしてたら何だか喉が渇いてきたので、そろそろ夜も更けてきたので眠気覚ましに何か欲しいところですが……ん?」


 その時再び診察室の入り口に人影を認めた患者女性は、デジャブを覚えた。


「個人的な恨み語りはもうその辺にしてはいかがですか、先生? それと喉が渇いたのは単なる無駄話のし過ぎのせいです」


 先ほどのお茶要求の時とは比べ物にならないほどの絶対零度を背中に感じて本多が振り返ると、案の定白亜の建物のゲートキーパーが見た者の魂が一瞬で消え去るほどの壮絶な凄みのある無表情を浮かべて立ち尽くしていた。


「じょ、冗談ですよ~。もう終わりますって」


「わかっていればよろしいのです」


 もはや視線を浴びせるのも無駄とばかりに背を向けると、看護師は再び闇に姿を消した。


「……」


 患者の方はと言えば、二人の主従関係がなんかもうよく理解できたような気がした。


「やれやれ、油断も隙もないですね。まったくもう、うちのセレちゃんったら普段何も口にしないもんだから僕の気持なんか知ったことじゃないんですよ。本当に最近はホテルとか行っても食後はコーヒーだけってところが多いし、一杯500円以上とかふざけんなって値段のところもいっぱいありますね。社長~、もうちょっと安くなりませんか~ってかいったい原価いくらなんだよって突っ込みたくなって……って、おっと、ついつい口が滑りまくって失敬失敬。くわばらくわばら」


 さすがに懲りたのか、本多は三度赤毛の殺意が襲来する前に自ら唇をきつく噛みしめ、危険を回避した。突如訪れた沈黙の中、また邪魔が入る前に今度は患者の方が口を開いた。


「そうか……しかし、ということは私以外にもコーヒーに耽溺している者は非常に多いのだな。なんだかそれを知って奇妙なことだが少し嬉しくなったよ」


 彼女は本多の熱量に影響されたのか、嘘偽りない感想を吐露していた。異世界とこの世界とは、存外共通点が多いのかもしれない、と思いながら。

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