カルテ613 怪球カマグ(前編) その1
神代の昔から人間の手が入ったことがなさそうな草木が生い茂った林の中を二人の人影が足早に進んでいた。時刻は既に正午近くで太陽は忠実に運行しているというのに、あまりにも深い原生林のため、足元は夜のように暗かった。両者とも漆黒の衣装に身を包んでいるのでその姿は暗闇と一体化していた。
「ま、待ってください、グラマリール学院長殿! ちょっとここらで休憩しませんか?」
後続の黒尽くめが、軽々と先を行く前方の黒尽くめに哀願にも似た声をかける。学院長と呼ばれた人物はよく見ると銀色の仮面を装着していた。
「ならん。これくらいの道でグダグダぬかすな。ついてこれないのなら置いていくぞ」
「そんな、勘弁してください! こんな獣がウジャウジャいそうなところ、一人じゃとても無理ですよ!」
「情けないやつだな。まあ、目的地まであとほんの少しだ。貴様の足でも大丈夫だろう」
「はぁ……でも、本当にここにハイ・イーブルエルフの隠れ里なんてのがあるんでしょうかね? って、おっとっと」
薮に片足を突っ込みながらも、後続の者は慌てて抜き取り、転倒を回避した。
「会話に気を取られて足を取られるなよ。とにかく疑うのならまずは己の目でちゃんと確認することだ。あと、言っておくが符学院の情報網をあまりなめないほうがいいぞ」
「い、いえ、別になめているわけではありません! ただ、本当に痕跡すらないので……」
「奴らは隠れて潜むことのプロで、一般人の目を欺くことなどお手の物だ。と、本当にもうそろそろのようだな……」
翠の天蓋をつらぬく日差しの面積が急に増加してきたため、学院長はわずかに速度を落とした。空には綺麗に食べた魚の骨のような形の雲が流れていく。
「いやー、無駄足じゃなくて良かったですね、学院長殿!」
「うむ……」
嬉々とする部下に比べ、グラマリールは生返事をするのみで、何かを考えこむ仕草をし、首をコキコキと鳴らした。
「おかしい、いくらなんでも静かすぎる……感付かれたのか?」
「きっとお昼寝中なんですよ。神に一番近い種族って言っても意外と大したことないですね……って、ひええええええええええええっ!」
突如前方が開け、視界に飛び込んできたとんでもない景色に、粗忽者は情けない悲鳴を上げた。




