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カルテ586 牡牛の刑(後編) その37

(((はて、何故こんなところに畜生の汚い死体があるんだ?)))


 ホーネルの頭は疑問符の山となる。あいにく博物学や土地の歴史に何の興味もない彼にとっては、その現象の意味を理解することは出来なかった。だが、よしんば理解出来たとしても、この遥か彼方の昔のみすぼらしい遺体が自分を害する恐るべき物と認識することは不可能だったであろう。端的に言えば、彼は何一つ脅威を感じることが出来ず、せっかくのチャンスを不意にした。


「ケッ、何が伏線だ! 結局はただのハッタリかよ! 一瞬でもビビッて損したわ!」


「ハッハッハッ、貴様には失望したぞ、ケルガーよ。こんな子供だましのようなやり口が何の役に立つというのだ!?味方が助けに来るまでの時間稼ぎのつもりか?たとえそうだとしても、毒で弱って死にかけの貴様にとどめを刺すことなんぞものの数秒とかからんわ。絶対に間に合わないから安心しろ! 俺の勝ちだ!」


「……眠い」


 手品師の種を見破ったも同然の心境に達した魔獣は、高らかに勝利を宣言した。


「……そうか、お前さんにはその死体の意味すらわからんか。ところで牡牛の刑って知ってるかい、モーテルの旦那よ」


「モーテルじゃねえホーネルだボケェ!」


「ホッホッ、言わせてやれ。相変わらずの減らず口を叩けるのも後わずかだからな。それくらいの質問は朝飯前だぞ。今、貴様がこの流刑地で受けている伝統的な刑罰のことだろう?ご愁傷様なことだ。そんな雄牛から母乳が出るのを待つなんて神をも恐れぬ不可能な事を成し遂げようと無駄にあがくよりも、男らしくすっぱり自決でもした方がマシなんじゃないか? そんな度胸も気概もないのか?」


「……母乳飲みたい」


 勝者の余裕に満ちたケルベロスは、ケルガーの会話に乗ってきて、小馬鹿にし続ける。


「まあ、一言多いのを除けば概ねお前さんの言った通りだよ。俺も以前はこんなバカげた刑罰を馬鹿正直に受けても意味ねーだろってせせら笑っていたわ。だが、偶然ある人物に出会ってからは気が変わった。なんでもやってやれねえことなんかねえんだよ!」


 その瞳は既に相手のホーネルを見てはいなかった。

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