カルテ574 牡牛の刑(後編) その25
「今すぐ私を連れて行け、お前たちの巣穴へ。そこに探している奴がいるかも知れんのでな」
言葉が通じるはずもなかったが、剣を収めて朗々と告げる彼女に対し、リーダーの白狼は何かを感じ取ったのか、ツイと鼻先と目で合図をすると、くるりと反転して林の奥へとゆっくりと歩いていった。
「ほう、さすがは群れの長。物分かりが良くて助かる。では、案内を頼むぞ」
ヒベルナも毅然とした態度で先導する狼の後を追っていく。いつの間にか取り囲んでいた白狼たちの姿は消え、樹間にはまた冬の昼間の静寂が戻っていた。
「ここか……」
雪をまとった岩山の前で白狼が立ち止まったため、ヒベルナもそれに従い、奥へと続く洞窟を眺めた。中からは普通の獣臭とは異なる何らかの毒々しい臭気が流れ出てくるように感じられ、思わず彼女は息を止めた。
「中に…いるのか?」
知らず知らずのうちに腰の魔封剣に手を伸ばし、ヒベルナは身構えた。この寒さだというのに、じっとりと掌が汗ばんでいる。だが心の中で深呼吸し、彼女は即座に平静さを取り戻した。
(大丈夫だ……いくら無双の魔物とはいえ、この私に刃向かえるわけがない。何故ならば私は帝国軍人だからだ! つまり奴の暗示が解けていなければ、奴に対抗出来るすべはなく、大人しくするより他はない!)
だがいくら時間が流れようとも、黒洞々とした玄関口から家の主が顔を出すことは一切なく、ただ木枯らしの音だけが時々寂しげに耳を掠めるだけだった。
「ひょっとすると、私の勇み足だったか? あやつの姿からしててっきりここで番を張って根城にしているんじゃないかと思ったのだが……」
あまりの収穫のなさに当てが外れたと確信しつつあったヒベルナだったが、諦めようと構えを解いた矢先、またしても何かを悟ったリーダー狼が、一声「ウォン!」と軽く吠えると今来た道を引き返していく。その動きは悠々としており、またしてもついてこいと言わんばかりだった。
「お前、まさか……そうか! どうやら無駄足にならずに済みそうだな」
ヒベルナは冷たく微笑み、追跡を再開した。




