カルテ556 百年前の異世界おじさん その6
「ふーっ、やーっと終わりましたか。今日も疲れましたねー。思春期の方は壊れやすい美少女フィギュアみたいに繊細ですよ。あー美味しー」
本多は白衣を脱ぎ捨てワイシャツ姿になると男性用務員が入れてくれた熱いお茶を一口すするりながら、心からの賛辞を述べた。我が城の本多医院では日中の看護師も夜の看護師も恐れ多くも院長先生である自分に誰も敬意を払わずそんなサービスを提供してくれないため、こういう場所で人の情けが身に染みるのである。
「お疲れ様でした、本多先生。それにしてもあのやんちゃで血気盛んで無鉄砲な悪ガキがよくぞここまで立派になられましたね」
「ぐえっぷ」
本多より遥かに年上で総白髪をオールバックにした痩身の用務員が、しわに埋もれた細い目を更に糸のようにして彼を褒め称える。後世まで伝えられるほどの数々の漆黒の伝説を母校に撒き散らして刻み込んだ本多は、急激に数々の旧悪が蘇ってきそうになり、お茶を吹き出した。
「ややややめてくださいよ! あの頃は若気の至りってやつでして、如何に楽してズルして目立つかしか考えていなかったんですよ!」
「いやいや、中々並みの学生に出来ることではありませんでしたよ。昔の文豪も褒めたと言われる伝統ある我が校の日本庭園の池に大量の蛇を投げ入れたり、文化祭の裏で行われた乳首相撲大会で密かに乳首ピアスまでして不正に優勝したり……」
「うがあああああああ!」
最早お茶どころではなくなった本多は両手で両耳を抑えると大音量で用務員の昔語りを遮った。
「おやおや、強引なところは相変わらずですね。で、今日も寄っていかれるんですか、あそこに?」
呆れ顔の老人はやれやれといった調子で椅子に座ると、上階を指し示した。
「ええ、そのためにわざわざここに来ているようなものですからね」
本多はそう答えると、机の隅に置いてある白いハードカバーの本を軽く手で撫でた。
「そうですか……それにしてもさっき出ていった清水とかいう子は大丈夫ですかね? 今朝も友達に、『大腸癌なんかで死ぬくらいなら、いっそ、私……』なんて言ってるのをつい耳にしてしまいましてね」
「ほほう、そんなことを……まあ、ちゃーんと僕が言いくるめておいたから大丈夫ですよ。これ以上白亜の建物の訪問者を増やしたくありませんからね」
「えっ、今なんておっしゃいました!?」
人の良さそうな用務員は、聞きなれぬ単語に眉をしかめた。
「いえいえ、大したことじゃありませんよ。では、失礼」
澄ました顔でお茶を飲み干した医師は、椅子から立ち上がると荷物をまとめて保健室から颯爽と退散した。




