カルテ520 エターナル・エンペラー(後編) その87
実はラベルフィーユの上にはもう一人何者かの遺体が覆い被さっていた。そのため彼女は全焼を免れ、頭部だけでも見分けがついたのだ。ただし、その代わりというか、上の遺体の方は木炭並みに真っ黒焦げで、男女の別も判別しかねるほどひどい様相を呈していた。だが、ラミアンにはそれが誰だかおおよそわかった。
「アロフト村長だ……」
ほぼ直感だが、間違いないという自信はあった。恐らく村長は実の娘同様の大事なラベルフィーユを自らの身体で敵から守り、共に絶命したのだろう。彼にはその有り様が目に浮かぶようだった。
そして決定的な証拠となる品が、触れるだけでボロボロと崩れ落ちる遺体を改めている時に、衣服の中から発見された。黒っぽい黒曜石の石像だ。
「ああ、それで……!」
その精巧な彫像を一目見た瞬間、何故桃源郷のようなエルフの村がかような蛮行の犠牲にならざるを得なかったのか、ラミアンには理解出来た。それはインヴェガ帝国にて蛇蝎のごとく忌み嫌われる、顔の無い神こと、邪神デルモヴェートの坐像だったのだ。かの神の信仰は帝国内では固く禁じられており、禁を破った者は理由の如何を問わず死罪である。他国でも大っぴらに祀る者は稀だった。
「あの晩村長が自宅で持っていてすぐに隠した黒い物体はこれだったのか……!」
運命の日の記憶の意味がようやく明らかになる。アロフト村長は密かに無貌の神の熱心な信者だったのだ。しかし、何故!?
「そもそもエルフは神を信仰すること自体あまり積極的でないと聞いたけど……」
忌まわしい遺品を手にし、途方にくれるラミアンの瞳に、刹那、この世のものとは思えぬ奇跡が映った。地に没する寸前の太陽が最後の光輝を放つ中、なんとラベルフィーユや村長の遺体から、否、そればかりか焼け焦げた大地のそこかしこに横たわっているエルフたちの亡骸から、まるで蛹から脱皮するがごとく、黄金の蝶がスルスルと抜け出してきた。
「こ、これは……夢か!?」
ラミアンが我が目を疑う最中にも、蝶たちは濡れた羽を静かに広げて瞬時に乾かすと、既に一番星が輝く茜色と群青色の混ざり合った空へと一斉に羽ばたいていった。
「おおおお……!」
彼は荘厳な雰囲気の黄昏の空をいつまでも眺めていた。黄金蝶のきらめきは、まるで天へと還る魂のようだった。




