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カルテ345 ライドラースの庭で(後編) その15

「あ、あの、神官長様、差し出がましいかもしれませんが、寝る前にそんなに水を飲まれると、夜中に何度もお通じに行く羽目に……」


 おそるおそるブレオが忠告するも、怒れるタコ入道は聞く耳持たぬとばかりに豪快にラッパ飲みを続け、盛大にゲップを一つすると、ついでに怒号もぶっ放した。


「何を言う! 貴様が脳まで浸かって暴れる原因となった邪悪な酒なんぞと違って、これは霊験あらたかな聖なる泉の水だぞ! いくら飲もうが体に害などなく、むしろ健康になる一方だ! 戯言なんぞ聞いていると頭痛がしてくるわ! いらんことをつべこべ言うな!」


「も、申し訳ありませんでした! ……(小声で)やれやれ、これじゃ酒場の酔っぱらいの方がよっぽど上品だよ。自分の飲んだ水でおぼれて死ねやハゲデブ」


「ん? なんか言ったか?」


「い、いえ、なんでもありません!」


 哀れな元酔っぱらいは恐縮し、無言で側に突っ立つ機械と化した。


(しかしやっぱりこの水、清冽で濁りもなく、けっこう美味いな……ついつい飲み過ぎてしまうわ)


 ジオール自身、正直言ってこの水に不思議な力があるなど欠片も信じてはいなかった。これが単なるガウトニル山脈の積雪が溶けた伏流水であることなぞ、グルファスト賛歌を聞かずとも子供でも知っている。こんなものを飲んで病気に効果があるのなら、山脈の雪は宝の山だ。


 しかし毎日のように猿よりも愚かな信者たちを相手に講釈して実際に飲んでいるうちに、段々と自分でも少しは何かしら効き目があるのではないかと、脳の片隅にチラッと考えが過ることが増えてきた。詐欺師とは、人を騙すためにさも真実であるかのように嘘を語るが、いつしか本人が自分の話術に取り込まれてしまうのだ。


 ジオールもその危険性はある程度は自覚していたが、聖水が喉をうるおすたびに、心身が洗われたようにすっきりするように感じ、いつの間にか愛飲するようになっていた。ここライドラース神殿では飲酒が特別な時以外は禁じられており、口元が寂しい時、酒代わりに飲んでいたのも一因かもしれないが。


「いやぁ、さすが聖なる泉の水の力は素晴らしいですね。水中で魚のように呼吸出来たり、あんな醜い腫れものを治してしまうんですから。白亜の建物なんかよりもよっぽど奇跡的ですよ」


 ようやくジオールの機嫌が良くなってきたのを察してか、ブレオがおべっかのように神官長絶賛がぶ飲み中の聖水をここぞとばかりにヨイショする。


「フフフ、そうだろうそうだろう。何しろこれのおかげでワシはここまで来られたんだからな」


「えっ!?」


 草木も眠る魔の時間帯のせいか、つい口が軽くなったジオールが漏らした言葉にブレオが反応するも、「なに、大したことではないわ。昔のことよ」と、ジオールはやや遠い目をして食堂のライドラース神を描いた壮大な障壁画を通り越した、遥か彼方を見つめた。

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