カルテ342 ライドラースの庭で(後編) その12
「愛しき兄弟たちよ、よくぞ勇気を振り絞って話してくれました。貴方たちの張り裂けんばかりに切なる胸の内は、痛いほど我が心に届きました。今こそ打ち明けましょう。実は私も同様なのです!」
信者たちの叫びにも似た懇願の渦の中、ジオールの凛とした一声が神殿中に轟く鐘の音のように室内に響き渡った。皆瞬時に石像と化したかのように動きを止め、聖なる託宣に耳を傾ける。
「私も以前はこの耳から首にかけて忌まわしい蛸のごとき腫れ物を有しており、長年鬱屈し、忸怩たる思いを抱えていました。しかしある時夢のお告げを受けてライドラース神に帰依し、この聖なる池の水を毎食時にいただき、更に毎日首筋に塗るようになったところ、病巣は遠くの山の残雪のように徐々に薄れていき、やがては嘘のように跡形もなく消え失せたのです。信じられないかもしれませんが、これがその聖なる水です」
そう厳かに語ると、傍らに置いてある箱から二本のビドロ製の瓶を取り出した。中にはどちらとも無色透明の液体がたゆたっている。人々が見守る中、彼はそのうちの一本の蓋を開けると、聴衆の眼前で中の水をゴクゴクと一気に飲み干した。更には残った瓶の水を手に振りかけると、寸胴鍋のごとき猪首に、女性が化粧するかのように丹念に擦り付けた。
「おお……」
周囲から口々に感嘆の声が上がり、各々の双眸に爛々とした鬼火のような光が宿る。彼らはまるで、死体が起き上がってすたすた歩き出した奇跡でも目の当たりにしたかのごとく、一見ただの飲水の実演に酔いしれていた。室内の温度が上昇したようにジオールには肌で感じられた。
(よしよし、もうあと一押しで陥落するな。それにしても何ともちょろい連中よ。こう簡単に毎回行くと、張り合いのかけらもないわ)
ジオールは笑みをたたえたまま、唯一笑っていない眼を愚か極まる無能な群衆に向けて、瓶を下ろした。
「この水は、常に豊富にあるわけではありません。時に水量が減ることもあるし、聖別するのに時間がかかります。幸いここには多くの瓶がありますが、数にも限りがあるため、どうしても欲しいとおっしゃる方から……」
「お願いします、ジオール神官長様! お布施ならこの通り用意して来ました!」
ジオールの話に割り込んできたのは、巾着袋を握りしめた、先ほどの道具屋ことスオードだった。




