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カルテ334 ライドラースの庭で(後編) その4

 何の医学知識も持たないリックルだったが、経験上、敵のこの部位を強打すると、相手の右腕が一時的に痺れ、骨まで叩き折った場合はほとんど動かせなくなることを熟知していた。つまりその時点で相手はほぼ無力となり、彼の勝利は揺るぎないものとなった。


 村人たちは暴れん坊で喧嘩上手の彼のことを「鎖骨砕きのリックル」と呼び、飲酒時にはなるべく関わり合いにならないよう努めた。



 もし、仮にこの場に白亜の建物の本多医師が居合わせたとしたら、「お、上腕失神ブラキアル・スタンですか。しぶい技ですねー。確かに鎖骨の内側には腕神経叢っていう、文字通り脊髄から腕に繋がっていく、手を動かしたり感覚を司る神経のネットワークが交差しているんですよー。だから意外とここは人体の急所の一つで、事故とかでダメージを受けると右腕が使いものにならなくなるなど大変なことになる場合がありますねー。空手にも『鎖骨打ち』とかあるそうですけどねー。


 いやー、僕も学生時代に解剖実習でここの部位を任されたけど、ほじくり出したり同定するのがすっげえ面倒で、難儀しましたよー。遺体にかけるホルマリンスプレーを向き間違えて自分の顔にぶっかけちゃって『セルフ顔射野郎』なんて班員に呼ばれたこともありましたけど、それよりもきつかったですねー。ぶっかけ事件のショックでか、腕神経叢のそれぞれの神経束に縛る紐の色を間違えちゃったりもして、解剖学の教授に、『お前本当にやる気あるのか!? 留年させるぞ! 今度は手袋無しで解剖させるからな!』なんてえらい怒られちゃいましたねー。あのクソ教授、もしうちを受診したら僕の鼻くそを丸めた丸薬でも処方してやりますよーファック!」などと延々と講義してくれたことだろう(居なくて幸運だったとも言えるが)。


(悪く思うなよ消し炭男、俺を見くびった罰だぜ。もっともここは慈愛神の御膝元だし、大金さえ積めば治してもらえるだろうよ……運さえ良けりゃあな!)


 リックルは腹の中で盛大に嘲笑いながら、先手必勝の恐るべきハンマーを吶喊させた……と思いきや、黒尽くめは寸前で上体を、それこそ黒いウナギのごとくぬらりと反らし、間一髪で致死の攻撃を見事にかわした。おかげで大男は無様にも大きくたたらを踏むこととなった。


「な、なんで避けられるんだよクソ野郎が! 今まで俺の拳を見切った奴はいねぇってのに! ぐおおおおおお!」


 悔しさのあまり子供のように地団駄を踏んで憎まれ口を叩くリックルからぴょんと離れて距離を取ると、ノービアは覆面の下の鼻先でフフッと笑った。

ついに弾が尽きて来たのですみませんがまたしばらく週一掲載に戻ります。では!

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