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カルテ34 山荘と冬の護符と亡霊騎士 その10

「じ、人狼族……! ま、まだ存在するとは……! ほ、本当にダオニールさんなんですか!? 


 ちょっと変身してみせて下さいよ! 言い伝え通り、交尾を見た者をどこまでも追いつめて殺しちゃうんですか!?」


 深夜にダオニールが起こした男爵に呼ばれてホールに集まった館の全住人のうち、ほぼ全員が驚愕に打ちのめされていたが、一人伝承マニアのテレミンのみは興奮状態で、漆黒のスーツを窮屈そうに着た灰色の人狼に矢継ぎ早に質問を浴びせていた。


 ちなみに白亜の建物の出現のことも一同には伝えてあったが、正直皆、それどころではなかった。ブリザードが激しさを増し、現在外の様子がまったくわからないためかもしれない。


「確かに小生は間違いなくダオニールですが、一度人狼の姿に戻ると、再び人間になるのに最低一時間はかかってしまうので、残念ですが今すぐには変身できません。あと、交尾云々の話は単なるデマです」


「まぁ、ある意味私はとても納得していますけどね……恐れながら、このことは、男爵様しかご存じではなかったのですか?」


 ややショックが治まったフィズリンが、眠い眼を擦っているセイブルに話しかけた。


「いや、妻にはもちろん教えてあったが、それ以外には秘密だった。先代から仕える一番の忠義者の正体が、かつて先代自身に山狩りに遭い絶滅させられたはずの一族の生き残りなど、とても公に出来る事ではないしな」


「しかし、仲間を皆殺しにされたというのに、先代を恨まなかったのですか?」


 恐れ知らずで好奇心の塊の少年が、再び人狼にインタビューを試みる。


「小生もまだ幼かったため、親兄弟の事はあまり覚えていませんが、人狼族が人間たちに危害を加えていたのは紛れもない事実でした。食糧が乏しい山岳地帯に住み、通りかかる旅人や、麓の村の家畜などを襲っていたようでしたし、他種族との交流もほとんどなかったようでしたから、滅ぼされても致し方なかったのではないかと今では思っております。むしろ、小生もあの時一緒に槍で串刺しにされる運命でしたが、それに憐れみを感じた先代様は、『我に人間として仕えるなら命を助けるが、如何するか?』と問われたのです。獣人族でも生まれつき高い魔力を持っている者は、長時間人間に姿を変えることが出来ますからね。先代様は、小生にその才能を見出したのでしょう。小生はその時、ここで死んでは人狼族の血筋を絶やしてしまうととっさに考え、『従います』と答え、先代様の家来となりました。


 その時は、正直、いずれ隙を見計らって家族のかたき討ちをしてやろうという魂胆もあったのですが、人間と交わり、広い世界を知るにしたがって、徐々にそのような考えが薄れていきました。むしろ、吹けば消し飛びそうな自分の命を、発覚の危険を冒してまで救ってくれ、親代わりとなって読み書きや礼儀作法やその他のあらゆる知識を教えてくれた先代様のお気持ちに応えなければならないという感謝の念が芽生え、ずっとお仕えしてきた、というわけです」


「よくぞ申してくれました、ダオニール」


「確かに父上は、お主にわしら兄弟と同様の愛情を注いでおったようだしな」


 男爵夫妻は百年の知己を見る眼差しで、異形の忠臣を見つめた。


「私は騙されないわ! この化け物が一連の事件の犯人よ!」


 タオルで後ろ手に縛られたまま、今まで黙って話を聞いていたルセフィが、かつてなく凄まじい形相で人狼を告発した。


「失礼な。小生には人間を切り裂いたり、殺して食べる趣味などありませんぞ。犯人はあなたの方でしょう?」


「そうですよ、犬みたいにくんかくんかする変態趣味だけですよ!」


 フィズリンが、まったくフォローになっていない援護射撃をしてくれる。


「じゃあ、私が犯人だって証拠がどこにあるのよ!?」


「そもそもご主人様にはまだご報告してませんでしたが、あの亡霊騎士騒ぎの夜、例の兜を後で小生が念入りに嗅ぎましたところ、ルセフィ様の桃の様な残り香が微かにしたのですよ。それだけでは証拠不十分でしたが、あの薪小屋でも微妙に同じ匂いを感じましたし、特にレルバック殿の遺体や木の椀に強く残っておりました。もっとも、これらの事実は全て小生の鋭敏な嗅覚でないとわからないことですので、他人に説明するにはまだまだ足りません。


 それで、あなたが尻尾を出さないか、密かに見廻っていたところ、昏睡状態から改善されてすぐの夜中に、あなたがこっそり外に出るのを発見したので、後を付けさせていただきました。あなたは薪小屋に侵入し、中の様子まではわからなかったので、小生はあなたが去った後に改めて入ったところ、なんと子爵のご遺体までもがレルバック殿と同様に服を脱がされ、傷口から内臓をかき回され、更に、再び臓物を椀ですり潰した痕跡が発見されたので、小生は思わず遠吠え、じゃなかった悲鳴を上げるところでした。


 でも、これですらあなたを問いつめたとしても、はぐらかされてしまえばおしまいです。決定的な証拠とはなりません。そこで、不肖ながら小生は仮説を立てました。あなたが真犯人であるならば、必ずやもう一度殺人事件を起こすであろう、と。どういう理由でかはわかりませんが、あなたはほぼ五日ごとに人間の新鮮な内臓をすり潰して食さなければならない習慣をお持ちのようです。ならば、どうせ犯行が行われるのは皆が寝静まった深夜の可能性が高いし、小生を誘いやすいように、わざとランプをつけて声をかけやすいように見廻ってやろう、と計画し、あなたを逆に罠に嵌めたのです」


「……」


 少女は何も答えなかったが、顔色は死人のそれに近かった。

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