カルテ323 牡牛の刑(前編) その16
ケルガーの前には、さっきまでと同じく鉄仮面を装着したままのエリザスが立ち尽くしていた。見たところ、服のあちらこちらが紫色に染まって穴が開いているものの、血を流したり怪我をしたりしている様子は伺えず、命にも別状ないようで、自称気遣いの出来る男のケルガーは内心ホッと胸をなで下ろす。しかし仮面の鍵の部分が錆びて壊れており、そこがパカパカと開きそうになるのを左手で懸命に抑えていた。そしてその隙間からチョロチョロと覗く金色の物は……
「へっ、蛇だと!?何で鉄兜の中に蛇がいっぱい入っているんだ!?」
「深呼吸して落ち着いて聞いて、ケルガー。実は私、改造されてメデューサになっちゃったの」
「なんだそれは?」
「あんた本当に知らないの!?ってさっきも同じ台詞言った気がするわ! ちょっとはドラゴン以外の魔獣も覚えなさいよ! てかあれ見なさいよ!」
激昂しながらエリザスは白魚のような指先を、やや離れた場所にある、三つの口を開けたケルベロスの石像に向けた。
「おお、上手いもんだな~、これ、誰が作ったんだ? それでホーネルの犬野郎はどこへ逃げちまったんだ? 奴め、さっき俺のママンのことをでべそだのなんだの言いやがって、一発ぶんなぐってやらねえと……」
「……ハァ」
それから小一時間ばかり、エリザス先生の魔獣学講義が寒空の下で行われた。
「メデューサってそんなやべえ魔獣だったのか……てか、そんな無敵の魔獣に改造されたんなら、もっと早く言ってくれよ!」
「そんなの秘密にしておきたかったのよ! 絶対に嫌われるし、一緒にいてつい魔眼を見られちゃったら危ないじゃないの! 場合によっては命を失うわよ!」
「大丈夫だって。そんなことでお前を嫌いになったりするわけないじゃないか」
「ありがとう……まあ、多分あんたならそう言ってくれると思ったわ。でも、いざとなると自信がなかったのよ。頑張れば人間形態になれるらしいから、そのときには伝えようとは考えていたんだけどね」
「ハハッ、意外と臆病なところがあるんだな。でも、そこがまた可愛らしいぜ、お嬢様」
「もう、茶化さないでよ……」
手頃な大きさの石に腰かけ、二人はまるで恋人よろしく語り合っていた。傍目には異形なカップルだが、心はあの運命の夜のままだった。
「なあ、この後どうするつもりだ?」
突如話題が切り替わると、ケルガーの声が真剣味を帯び、空気に緊張感が走る。
「……」
鉄仮面の中で、ごくりと唾を飲み込む音が響いた。




