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カルテ309 牡牛の刑(前編) その2

「バウッ!?」


 いきなり獲物が二頭に増えたため、一瞬たじろいだリーダーだったが、所詮は雑魚が倍になっても雑魚だと侮ったのか、そのままの勢いで、当初の標的である長毛種の牛に向かって凍った地を蹴って飛びかかった。


「せいやあああっ!」


「ギャンッ!」


 しかしそのナイフよりも鋭い牙が牡牛の首筋に喰い込むかと思われた時、巌のごとき豪腕が干し草を撒き散らしながら、あたかも木を刈る斧のように白狼の喉元に叩きつけられた。


 哀れ、リーダーはまるで犬コロのような情けない悲鳴を上げながら後方に吹き飛ばされるも、猫さながら空中で体勢を立て直し、何とか無事着地する。奇襲に失敗した群狼は、その思いもかけぬ相手を眼前にし、まるで人間のように眼を見開いた。


 なんと新たに現れたもう一頭は単なる牛ではなく、角の生えた牛頭にたくましい人間男性の身体を持つ、見たこともない異形の怪物だった。茶色いコートを身に纏った半人半牛は大きな口の端を器用に持ち上げると、明らかににんまりと笑みを浮かべた。


「お、お前ら、ミノタウロスに出会うのは初めてか? ま、そりゃそうだよな。現在この広い世界に俺様一頭しか存在しないんだから。あいにくお前らの鼻がいくら優秀で何キロも離れた遠くの獲物の臭いや鉄の罠の臭い、おまけに毒の餌の臭いまでわかっても、牛とミノタウロスの臭いの区別なんざつかねーだろうし、このクソ寒い夜にずっと外で待ってて本当に良かったぜ。作戦大成功ってとこか? しっかしすっげえ汚れちまったな。これ一張羅だってのに」


 身体中にまとわりついた干し草を身震いしながら落としつつも、得意げに自画自賛する人語を喋る魔獣ミノタウロスは、元帝国軍人にして皇帝の密偵のケルガー・ラステットに他ならなかった。その体躯はオス熊以上で、尋常ならざる覇気を周囲に発散していた。だが、彼の演説中に気力を取り戻した餓えた狼たちは、引く素振りも見せず、じりじりと死の包囲網を形成しつつあった。


「やれやれ、まだやろうってのかい? ったく獣なら大人しくそこの崖の死体でも食べてりゃ良かったのによ。人間様の家畜をいただこうだなんて色気を出しやがって」


 ケルガーは小さく溜息を吐くと拳闘家のように両拳を固めた。

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