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カルテ294 眠れる海魔の島(後編) その23

 呪文収集の旅の途中でイレッサは何度か死にかけたことがあった。ここよりやや東方の海でも、信じられないような危機に遭遇した。


 そこはクジラ漁が盛んな土地で、沿岸に出没したクジラを数艘の舟で追い回して銛を突き立てるという荒々しい漁を代々行っていた。そのクジラの中には変わった行動をとるものもいると小耳に挟み、わざわざ足を運んだのだった。


 例えばザトウクジラは仲間と協力して漁をし、小魚の群れを取り囲むと、噴気孔から泡を一斉に射出し水面に追い込んで捕獲したり、息を大量に排出して巨大な気泡の塊を生み出しそれをぶつけて獲物を捕るとのことであり、新たな呪文候補として申し分なかった。


 もっとも滅多に見られるものではなく、今まで危険を冒して挑んだルーンシーカーたちが何人も死んでいるとのことで、漁師たちはあまり乗り気ではなかったが、イレッサの馴れ馴れしいまでの人垂らし能力と心臓がアフロヘアーで覆われたかのような図々しさによって、「まあ、見つからねえかも知れねえが、それでも行くか?」と漁師が予防線を張るのも気にせず頼み込み、何とか漁船に同乗させてもらうことが出来た。


 しかし行けども行けども目的のザトウクジラは欠片も現れず、イレッサはじれて海の荒くれ者たちの尻を文字通りつついたりしては怒られた。ようやく一頭のクジラが遠くで潮を吹く姿が発見された時は飛び上がらんばかりに喜んだが、「ありゃあザトウクジラじゃねえべ、マッコウクジラだ。よく見てみい、潮の数がまず違うわ。ええか、歯がなくて髭が生えてるヒゲクジラ類のザトウクジラは噴気孔が二つやから潮が二本だけんど、ハクジラ類のマッコウクジラは噴気孔が一つだけなもんで一本で、性格も一匹狼みてえでかなり違うわ。まんず近寄らねえこった」などと漁師が水を差すため、「なによフニャ〇ンね、そんならあたい一人で行くわよ!」としびれを切らし、舳先から海に飛び込んだ。


 全長18メートルはありそうな、小山のような大きさのマッコウクジラは潮を何回か吹き終わるとすぐに潜水し姿を消したため、イレッサも後を追って水の底へとどんどん潜っていった。しかし陽の光が薄れ、背筋も凍りそうな冷たさのかなりの深みまでたどり着いた時、なんとこちらへ槍のように向かってくる銀色の物体を目にして仰天した。それは今まで見たこともないほどの巨大なイカだった。

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