カルテ285 眠れる海魔の島(後編) その14
「さて、濁流が徐々に引き始めた時、五階の医療従事者が決死の覚悟で四階に降りて確認したところ、残念ながら大勢の患者さんたちが亡くなっていました。死因は水死や圧死がほとんどで、身体の一部しか残っていない目を覆いたくなるような状態のご遺体が水に浸かっており、悲惨な状況だったそうです。しかしそんな地獄絵図の中、なんと奇跡的に生き延びていた患者さんたちが何名かおられました。その共通点がわかりますか、アラベルさん?」
淡々と語っていた本多は、突如姿勢を正すとアラベルを名指しした。
「さあ……さっぱりわかりませんが……」
先ほどの褥瘡の問題はかろうじて答えられた優秀な彼女も、この難問にはなす術なく、まごついて目を白黒させるのみだった。
「ま、さすがに東大出身のクイズ王でもこの問題は骨が折れるでしょうから僕が解答を言っちゃいますが、実は」
「わかった! これですね、先生!」
急に閃いた才女は本多がこねくり回して絶賛していた足元の青い物体を指し示した。
「あちゃー、わかっちゃいましたか。ちょっとヒントを出しすぎましたかねー」
本多は言うほど悔しそうでもなく、目を細めた。
「正解です、奥さん。褥瘡があってエアマットレスを使っていた患者さんだけが無事暴流の難を逃れることが出来たのです。おそらく空気の充満したマットが筏代わりになって寝たきりの患者さんを乗せて天井付近まで上昇し、助かったのではないかと考えられます」
「す、すごいですね……」
「世の中予期せぬ事態の時は、予想だにせぬ物が救いになることがあるんですよ。では、一緒に熟睡中のお義母さんをエアマットレスに移しましょうかねー」
なんとアーゼラは本多の話が子守唄になったのか、とっくに寝落ちしていた。
「なるほど、そんなことを言われていたのか……」
母親や妻と感動の再会を洋上で果たして愁眉を開いた後、その驚嘆すべき物語を聞いたゼローダは低く唸った。この異世界の奇妙な布団にそんな不思議な力があるとは思ってもいなかったのだ。現在大活躍のエアマットレスは付属していた紐類を駆使してやぐらの筏と一体化しており、計四名が乗員となっていた。
「まるでおとぎ話の魔法の絨毯みたいなマットちゃんねー。あたいも一枚貰って一緒にお寝んねしたいわー」
「……ところでさっきから気になっていたんですけど、この見知らぬ方は一体誰なんですか?」
話し終えたアラベルは、乗員のうちの一人である緑のトサカの褐色男が全裸で狂おしいほど身悶えするのを見てあからさまに警戒心を露わにしていた。




