カルテ275 眠れる海魔の島(後編) その3
「はあ……難しそうですが、何とかやってみます。はい、どうぞ」
傍らで真剣な面持ちで講義を聞いていたアラベルは、忠実な助手のごとく医師にもう一杯並々と水の注がれたコップを手渡した。
「サンキューベラマッチョ! そんなにややこしいもんじゃないですよ。しかしここの水は美味しいですねー」
本多はグビグビと喉を鳴らしながら甘露を味わった。
「でも他に気をつけることはないんですか? 治ってもまた起こってしまうこともありますよね?」
「おっと、言い忘れるところでした。確かにマダムのおっしゃる通りです。でも予防医学を学べば大丈夫! まずは食事を取ることが肝心です。栄養状態がよろしくないと、たとえ手当てしても中々治りませんからね。また、皮膚を清潔にして、こうやって保湿することも大切ですよ」
「栄養、ですか……」
あまり裕福とは言えない財政状況が、彼女の表情を曇らせた。
「まあまあ、そんなに思い悩まなくてもいいですよ。何だったらうちの薬剤庫になぜか置いてあるカロリーメイトって食べ物もお渡ししますから。小さいけど結構栄養あるんですよ。僕も試験前とかによくポリポリやってましたっけ」
「何から何まですいません……」
「いーのいーの」
お礼は余計とばかりにヒラヒラ片手を振りながらも、本多は飲み干したコップを傍らに放り出し、なぜか老婆の横たわる布団を人差し指でツンツンと突きだした。
「……あのー、つかぬことをお尋ねしますが、一体何をされているんですか?」
「いえいえ、ちょっと柔らかさを調べてましてね。お気になさらず。これって中身は干し草ですか?」
お気になさらずと言われても無理なほど低くかがみ込んで、彼は女体でもまさぐるかのように執拗に布団を愛撫したかと思うと、突如バネ仕掛けの人形のように跳ね起きた。
「うーむ、一人で出来るか……奥さん身重だしなあ……しゃあない、僕だけで運ぶとするか……しかし前田のやつ、『とってもいい物なんで、きっと気に入ると思うぞ』なんてぬかしてたけど、まさか本当に役に立とうとは……」
「せ、先生……」
明後日の方向を見てぶつぶつと呟き続ける本多の後ろから、恐る恐るアラベルは声をかける。まったくこの異世界の医者の考えは推し量ることができない。
「おっとすいません、ついゾーンに突入してました!えーっとですね、褥瘡予防には先ほど言ったことの他にもう一つ重要なことがありましてね。何だかわかりますか、アラベルさん?」
本多はいたずらっぽくウインクを人妻にぶちかました。




