カルテ274 眠れる海魔の島(後編) その2
どこかから巣に帰る甲高い鳥の鳴き声が聞こえてきた。戸口から差し込む光はさすがに徐々に弱まり、他の国よりも遅い夜の訪れを告げている。
「ああ、先生、もっと優しくしてえええええ!」
「おっと、すいませんね、お婆ちゃん。でもあんまり色っぽい声出さないでくださいよ。手元が狂って変なことになっちゃいますよ!」
アラベルが用意した半分に割ったヤシの実の殻を使った手製の燭台の光に照らされながら、本多は老婆の背中の褥瘡を慎重に水洗いしていた。
「おやおや、ごめんなさいねえ。最近寝つきが悪くてつい悶々としちゃうもんで……」
「悶々としちゃって何するんですか!? 何だったら軽い睡眠薬ぐらい出しておきましょうか? 変なことする間もなく眠りに落ちますよ」
「あーら、ありがたいわねえ……んもー、大好き!」
「だからそれやめてくださいってばお婆ちゃんじゃなかったアーゼラさん!」
本多はタコの触手のように器用に後ろに伸びてくる老婆の細腕をすんでのところで回避しながら褥瘡に何やら薬を塗りつけた後、透明なペラペラした湿布のようなものを貼り付けた。
「フーッ、これでようやく一仕事終わったわー。いやー、なんか身の危険を感じてハラハラドキドキでしたよ。しかしさすが南国だけあって暑いですねー」
本多は白衣の袖で額の汗を拭うと心底ホッとしたように大きくため息を吐いた。
「お疲れ様です、先生。でも一体何をなさったんですか?」
アラベルは水の入った木のコップを、何やらやり遂げた感じの彼を労うためそっと差し出しながら、手品のタネでも聞き出すかのごとく尋ねた。実際、異世界の医薬品は見慣れぬものばかりで、一見用途が理解出来なかったのだ。
「ああ、そうだ! 奥さんにはちゃんと説明しとかないといけませんねー。なんせ僕はシステム上今日しか来られないわけだから、明日からの褥瘡処置をお願いしないといけませんから。えー、お婆ちゃんの褥瘡はまだ表皮剥離、つまりはびらん程度の初期の段階なんでそこまで重症じゃないですが、このまま放っておくとどんどん皮膚の深層まで進行していって潰瘍や水泡化してしまう恐れがあります。だからそうならないために、よく洗ってステロイドとか入ってる軟膏を塗った後、この創傷被覆材ってやつをペタンと上から貼って傷口を乾かないよう保護してください。あー美味い! もう一杯!」
話し疲れた本多はまるで生ビールでも一気飲みするかのようにゴクゴクと水を飲み干しながら、歓喜の声を上げてお代わりを要請した。




