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カルテ217 ライドラースの庭で(前編) その7

「何をしに来られたのかな、ノービアさん?」


 とっさに表情筋を駆使して渋面を退け何とか平静を装ったジオールは、心中の苛立ちは毛ほども見せずに乱入者に話しかけた。


「いやーっ、毎日うまい飯をタダでもらっちゃって、ついおかわりなんかしちゃって、すっかり体がなまっちまったもんで、ちょーっと運動でもしようかなーっと思ってお邪魔したんっスよー。俺様、実は凄腕の傭兵なんスけど、心は常在戦場でも、体はそうはいかないっスからねー。いいっスか、ジオールの神官長の旦那?」


 早朝にもかかわらずハイテンションのノービアは、長袖で覆った右腕を風車のようにグルグルと回しており、放っておくとバク転でもしかねない様子だったので、ジオールは思わず頭痛が生じそうになった。


「べ……別にかまわないが、騒ぎすぎてあまり周囲に迷惑をかけてはなりませんぞ」


 ジオールは軽佻浮薄な男に一喝したくなるのを堪えながら、さりげない雰囲気で諭した。後でマッサージの得意な神官に、不安やイライラを和らげてくれると評判のオイルを用いたマッサージをたっぷりと施してもらうとしよう。そう胸算段したジオールが、一旦自室に引き上げようかときびすを返した途端、「大変です、神官長様ーっ!」と、使用人のブレオが血相を変えて室内に駆け込んできた。


「うるさいな、何事だ一体、こんな早朝に」


 機嫌が顔に出てしまい、思わず傲然とした態度で注意しながらも、彼はその台詞が数日前の未明の台詞と一字一句同じであることにはたと気づき、軽くデジャブを覚えた。


「すいません! ですが、あの、その、お、大男が……」


 どうも焦ると口下手になる性分らしく、ブレオは可哀想なくらいどもりながら、平身低頭した。


「ゆっくりと一つ深呼吸して落ち着きなさい。大男がどうしたんだ?」


 若干柔らかな言葉づかいでジオールは哀れな使用人に話しかけ、会話を進めようと試みた。この分では、お楽しみのマッサージが何時になるかわかったものではないからだ。


「は、はい! あの、リックルという大男の農夫が門前に押しかけ、今すぐ神官長様に会わせろと息巻いており……」


 指示通り大きく息を吸ってから、ブレオはようやくジオールに用件を告げた。


「リックル? はて、そんな人物に覚えはないが……」


 ジオールは猪野首を小さく捻り、考えを巡らせた。それにしても、大男にしてはなんだか可愛らしい名前だが。


「以前、ここにレキップという名の息子が、母親と共に通っていたとか言っておりますが……」


「レキップだと?」


 ようやくジオールの記憶の薄暗がりに火が灯り、太い首が真っすぐに戻った。確か、ドグマチール周辺の村に住むヒベルナとかいう若い女性に連れられた三歳くらいの幼児で、始終変な咳をしていたはずだ。連続して短い咳をしたり、息を吸うときの音がまるで笛のように聞こえたのを覚えている。


 なんでも十日間以上奇妙な咳が続き、薬草師の処方した薬を飲んでも一向に治らず、ライドラース神の奇跡を願って参拝したと、母親が涙ながらに語っていた。残念ながら当神殿では外傷以外の傷は治療できないと一旦断ったものの頑として引き下がらず、泣き落としで訴え続けるため、ならばと神官長自ら神殿の中庭に案内したのだったが……


 それからは毎日のように足繫く神殿に通っていたが、ある日を境にぴたりと姿を見せなくなり、てっきり治癒したものと思っていつの間にか忘れ去っていたのだった、今の今までは。


「子供の父親が一体何の用で来たのだ? 礼を述べに来たのであれば、まだ話は分かるが……」


「は、それが、ここではちょっと言いにくいのですが……」


 ゴニョゴニョと口を濁すブレオの背後から、突如、「ここにいるのか、ジオール神官長ーっ!この詐欺師めがーっ!」という罵声が鳴り響き、早朝の澄んだ大気を震わせた。

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