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カルテ194 閑話休題 その72 運命神のお告げ所(後編) その10

「グオオオオッ! 目くらましの護符か! 中々やるじゃないか、お嬢ちゃん!」


 慌てて左手をポケットから取り出して顔を覆ったケルガーが、本音か負け惜しみか定かではないが、賞賛の台詞をルセフィに送る。だがその時、彼の右手には言葉とは裏腹に既に新たな暗青色の護符が握られていた。ようやくコートの奥底から発掘したのだろう。


「……っ!」


 ルセフィの息を飲む声にならない声が暴風の狭間にかすかに響いた。


「もう遅いわ! くらえ、ギリアデル!」


 先ほどと同様、死人の肌のような色の護符から全てを溶かす強酸が噴出し、彼女の声がした場所目掛けて襲いかかる。今度こそ狙い違わず青いコートの上から死の雨が降り注ぎ、瞬時に辺りを白煙で満たした。


「やったか……!?」


 ようやく視力の回復しつつある猛牛は、薄目でむせ返りそうな煙のとばりの奥を凝視した。白い靄は無残にもボロ布同然となった青色のコートから立ち込めていたが、吹き荒れる強風にどんどん流され、闇に紛れて消えて行く。


「服越しとはいえあの強酸を全身に浴びたとなれば、さすがのバンパイアもしばらくは身動き一つとれまいて……ん?」


 勝利を確信しかけたケルガーだったが、その時わずかな違和感に気づき、口元の笑みを凍らせた。日に当たった雪のように溶け崩れ落ちるコートの下から現れたのは、血に塗れた少女の無残な肢体ではなく、黒光りする無骨な岩肌だったのだ。


「ま……まさか、めくらましの隙にコートを脱ぎ捨て、側のケルンに被せて身代わりにしたとでもいうのか!?」


「あら、今頃気づいたの。やっぱりあなたって鈍牛さんね」


「!」


 ケルガーを嘲笑う声が彼の遥か上空から聞こえて来たため、ミノタウロスは大人が両手で締め付けても余るほど太い首を押し上げて、天を睨んだ。そこには、いつの間にか彼の大切な荷袋を両足の鉤爪にぶら下げた大きなコウモリが、月を遮るようにして宙に浮かんでいた。その瞬間、ケルガーは全てを悟って、思わずため息を漏らした。


「お嬢ちゃん、意外と策士だな。俺が偽者のあんたに気を取られているうちに、袋を盗み出す二段構えの作戦だったのかよ。咄嗟に立てたにしては上出来じゃねえか。こいつは一本取られたぜ」


 ケルガーは不利な立場になったにも関わらず、相変わらず余裕に溢れる態度を崩さず、彼女の機転を誉めそやした。


「……そんなに褒められると薄気味悪いわね。とにかく私はこの中身にしか用がないの。あなたとバカな護符勝負なんてしている暇はないのよ。じゃあ、さようなら!」


 その場を一刻も早く離れたかったルセフィはそう言い捨てると、魚を掴んだ鳥のごとく袋をぶら下げ、夜空を影のように飛翔し、宿泊所を目指すこととした。確かにケルガーの言った通り、即席の策が目論見通り成功して、やや面映ゆい気持ちもないではなかった。あの時いっそのこと、隙をついて彼に噛みついてしもべと化し、後顧の憂いを断ってもよかったかもしれないが、あの分厚そうなミノタウロスの皮膚にコウモリの牙がすんなり刺さるとはとても思えなかったので、次善の奪還案を採用したのだが、それが良かったのかもしれない。


 とにかくこれで、後は牛の背中に翼でも生えない限り、安全に逃げ切ることはまず可能だろう。テレミンとダオニールのことがいささか気がかりだったが、落下程度で人狼が死んだとも思えないので、悪いけれど二人には自力で何とかしてもらおう。まずはダイドロネルの安全確保が先だ。


 強風が渦を巻く大気の中、コウモリは皮膜で出来た翼を大きく広げ、凧のように宙を舞った。

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