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カルテ120 閑話休題 その27 新月の夜の邂逅(中編) その3

「でも、あたいのあんよのことは一旦置いておくとして、シグちゃんは符学院がイーブルエルフ狩りをしていたってことは知らなかったのー?」


 旗色が悪くなったにもかかわらずすまし顔のイレッサは、肉のなくなった串をペロッと舐めた。


「はい、お恥ずかしながら、今日まで全く存じませんでした。もっとも、グラマリール学院長が、ほぼ毎回導師会議の議長に選ばれているのには、なにか裏があるんじゃないかっていう黒い噂なら聞いたことはありましたけどね」


 酒ではなく、一人水を飲んでいたシグマートが、アルコール臭い息を吐くイレッサに対し、やや眉をひそめながらも律義に答える。


「なるほど、護符を生産出来るのは符学院だけだし、その生産量を自在にコントロールすることによって、市場経済をも支配し、恩恵にあずかる人々を支持者に取り込んでいたってわけね」


 急に酔いがさめたようにシャキッとしたイレッサは、眉のない双眸を鋭く光らせる。


「ど、どういうことだ、いったい?」


「えーっとですね、ミラドールさん、簡単に言いますと、そろそろ導師会議の議長選挙が近いので、学院長がイーブルエルフを沢山殺してバリバリ生皮を剥ぎまくって護符を大量に作らせ、『これ君にあげるから、今度の選挙で僕に投票してねー』って、投票権を持つ議員達に言って回っている可能性もあるってことですよ。そもそも護符は年々需要が増え続け、常に不足気味って言われますからね」


 シグマートが、蚊帳の外状態のミラドールに、かなり噛み砕いて説明する。


「そうか、では、やはり全ての元凶は、そのグラマラスとかいう奴かのう?」


「グラマリールだクソエロ猫! だがよくわかったぞ、ありがとう、シグマート。そんな下らぬ私利私欲のために、我が同胞を虐殺して回っていたというわけか、その男は……!」


 ようやくことの概要を理解したミラドールが、地の底から噴き上げるような怨念のこもった声を吐く。


「まったくひどい話よねー。あたしの足の皮なんか使ったら、それこそ水虫がうつっちゃうかもしれないのにねー」


「嫌なこと言わないでくださいよ、イレッサさん! それにしても、今まで何気なく、ごく普通に使っていたこれが、そんなに恐ろしい物だったなんて……」


 シグマートが突っ込みながらも、懐から数枚の護符を取り出すと、複雑極まる表情で見つめる。いったい、どんな残虐かつ聡明な知性が、これを世に生み出したのだろう?


「じゃが、これまでの話は今のところ、ほとんど推測に過ぎんのじゃろう? まあ、符学院の教師どもが先ほどの夜襲現場にいたのは間違いないじゃろうけど……」とフシンジンレオ。


「それだけでも立派な証拠ですよ。ですが世間に公表するには、まだまだ材料不足ですね。イーブルエルフは排除すべきという人もたまに見られますし、世論が大きく動くには、決定的な何かが必要です。僕らはあまりにも無力ですよ」


 少年が、慎重に意見を述べると、コップの水に口をつける。


「さすがルーン・シーカーとして嫌われ者の道を自ら突き進んでいる者の考え方だな。そう簡単に世界は変わらない、というわけか……うーむ」


 ミラドールは怒りを押し殺したように呻くと、目の前の皿に暗い視線を落とした。


「あなたの符学院の卒業生的な立場を生かして、何とか確実な証拠を掴めないの、シグちゃーん?」


 イレッサが妙に身体をくねらせながら、少年の方に身を乗り出す。


「それ以上近づくと炎で汚物を消毒しますよ! ただ、卒業生と言ってもほぼ何も出来ません。符学院には教師以外は入れない施設がいくつかありますからね。忍び込むのはなかなか難しいですよ。それに外道なルーン・シーカーの道を選んだ僕なんか、そもそも門前払いでしょう」


「「「使えん……」」」


 期せずして広間に三人の溜息が唱和した。


「でも、その施設っていうのはかなり胡散臭いわね……」


 ハイ・イーブルエルフは、眉はないが一応眉間らしきところに皺をよせ、瞑目し、何かを思案しているようだった。と、何かを思いついたように、突如パッチリ一重瞼を開いた。

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