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ガチャ95 確かな絆と幸福

「容態は極めて悪いと言えるね」


 リィオスの口から吐かれたその言葉に、エリーは為す術もなく打ちのめされていた。

 しかし、聞いておかねばならないことがある。

 エリーは固く閉じられた口を、震わせながらなんとか開ける。


「……悪いって、どの位、ですか?」


 弱々しく言葉を切りながら、エリーがリィオスを見上げた。

 リィオスが一瞬だけ伺うように、エリーの後ろに立つリュウを見る。

 リュウの瞳はただ静かな水面のようであった。


「きちんと答えろ。それが、エリーの為だ」


 リィオスは少しだけ迷った。

 か弱いはずの少女に、本当に事実を伝えるべきなのだろうか。

 リィオスが考えている間に、リュウは静かにエリーの隣へ並んだ。


「大丈夫だろ? エリー」


「……はい」


 弟子は少女を信じているし、少女もそれに応えようとしている。

 だとするならば、自分が疑う必要などどこにもなかった。

 寧ろ、遠慮する方が失礼に思えた。

 目の前の少女は、戦場が違うだけで、きっと、芯のある戦士。

 リィオスは戦場にいる時と同じように、表情を引き締める。


「……黒いアメーバのようなモノが全身を覆いつくしているんだ。2人の皮膚を泡立てながら、中へ中へと進んで行っているらしい。今までみたどのような病とも違うものだそうだ。王国の選りすぐりの薬医師が、よく生きているものだと言っていたよ。

似ている症例を知っている者がいないか、騎士団も聞きまわっているみたいだけど、結果はあまり芳しくないようでね。とうとう、眉唾物の呪術師にまで声をかけはじめたらしい」


 無慈悲な宣告。

 リュウは目を大きく見開き、エリーを見る。

 エリーは、左目から溜まった滴を一筋だけ流していた。

 けれど、もう泣き崩れることは無かった。


 怖くない、なんて言うつもりはない。

 でも、それ以上に。

 私は、お母さんとお父さんを救いたい!


「私達は病を治す薬を持ってきたんです。お母さんとお父さんの所まで、案内して下さい! 今、すぐに!!」


「薬を? それなら急ごう! 打つ手がなくて、先日怪しげなお婆さんにも声をかけたぐらいなんだ。こうしちゃいられないね!」


 リィオスが喋りながら、やすらぎ亭の屋根へ飛び上がり、エリーとリュウを見下ろした。


「リュウ君! エリーさんを抱きかかえてこっちに来るんだ。跳んでいく方が、早い」


 返事代わりに、エリーを即座に抱き上げたリュウが大地を蹴って屋根上へと跳び上がる。

 その最中に、エリーは、ひしとリュウの背中に手を回した。


「一緒に、お願いします」


 それが、王城まで一緒に行って欲しいだけではないことなど、リュウにはわかっていた。


「ああ。一緒に、な」


 リュウがそう呟きながら、屋根へ着地すると、リィオスが短く「いくよ」と言って先頭を切って屋根を跳んで王城へと向かっていく。

 リュウも負けじと後を追った。

 リュウが空気を裂いて、飛び跳ねていく。

 鋭い風がエリーの髪を揺らした。


「……ひとりじゃない」


 口にした瞬間、芯がジンと温まる。

 そのまま自分を抱くリュウを見上げた。珍しく焦っているのかリュウは自分に気が付くことはなかったようだ。

 風切り音に紛れ、エリーの独白は誰にも届かなかった。

 けれど、もう大丈夫。

 残酷な現実に、一緒に向き合ってくれる人達がいるんだから。

 エリーは近づいてくる王城を見つめながら、そう感じていた。


◇◇◇


「ここが治療室だよ。少し待ってて!」


 王城の城壁に取りついたリィオスが窓を叩き、大声で治療に当たる薬医師の1人を呼び出した。


 リィオスの突然の来訪。しかも外から入って来るという行為に薬医師は困惑しているようだが、王都守護隊隊長の申し出ということで、渋々大きな窓を開き始めた。

 リィオスは薬医師に申し訳なさそうに頭を下げると、リュウ達のいる建物の屋根へと向かって飛んできた。


「私は、王都周辺の警戒を行わなければならないから、これで失礼するよ。幸運を祈る」


「運だけはいいんだ。任せておけ」


 リュウが腕の中に抱く少女を、不安にさせないようにと選んだ言葉に、リィオスは柔和な笑みを浮かべることで答え、王城の天辺に向かって跳び上がって行った。


 リィオスと話している間に、治療室の窓は開き切っていた。

 リュウは、エリーに目配せをして、治療室へと跳ぶ。

 カーテンが靡き、室内を寸断。

 窓際にいた薬医師達が騒ぎ立てる中、リュウは抱きかかえていたエリーを下す。


 エリーはすぐさまカーテンを掻き分け、両親の姿を探す。

 探すと言っても、重体の患者のみを診る個室であったため、程なく目的を果たすことができた。


 唯一ある大きなベッドの上に、変わり果てた両親らしき物体が2つ。


「……っ!!」


 エリーは喉の奥からせり上がるものに堪えて、現実を直視した。

 少し身長が低く、横幅のある方がアンナ。逆に背が高い方がケンだろう。

 2人は、顔も見えないぐらいに、黒いアメーバに全身を隈なく覆われていた。

 体表を浸食しているアメーバがボコボコと煮えたぎるように音を立て、弾けては沈みを繰り返す。

 そんな、人には見えないような両親の周囲を、命を繋ぎとめるべく献身する薬医師達が埋め尽くしている。リィオスの対応をした者以外の薬医師達は、投薬する者と分厚い辞典をめくるものに分かれ、既に治療を再開していた。

 素人目に見ても信じられないほどに高そうなポーションや見たこともない色をした薬草がそこら中に転がっている。


 エリーは下唇を噛みしめながら、リュウから差し出された黒い薬液の入ったポーション瓶を受け取ると、瓶を掲げて薬医師達に向かって叫ぶ。


「病を治す薬です! 通して下さい!!」


「おお!」


 薬医師達は手を止め、安堵の表情を浮かべると、エリーの邪魔にならないように部屋の端へ退避した。

 エリーが勢いよくベッドへ駆け寄りながら、ポーション瓶の栓を抜く。

 黒い薬液が空気に触れ、ゴポリと音を鳴らした。

 リュウはその音を聞いた瞬間、何か重大な見落としがあるような気がしてならなかった。


(嫌な予感が拭えないのはなぜだ?)


 ダンクを蹴散らした時に、エリーに急かされ、黒いポーションを奪取した際にも感じたものと同じ感覚だった。

 だが、一度目にしたものなのに、情報が余りにも不足しているという状態は、リュウにとってかなり珍しいことと言える。

 鑑定を使えば、大よそのことは理解できるのだから。


(……慌てすぎていたということか)


 鑑定をしていないことにようやく気が付いたリュウは、即座にポーション瓶を鑑定。

 現れたウインドウに灰色のノイズが走り、眉を顰める。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

名前 祝福されしポーション

評価 A

価値 金貨30枚

説明 神の祝福を受けたポーション。命と魂を開放する力を持つ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 しかし、結果が良好なことは疑いようがない。

 ウインドウにノイズが出る現象は初めてであったが、理由を詮索する猶予もない。

 問題がないなら、使うべきだ。

 両親を失う。そんなことをエリーに味合わせるわけにはいかない。

 しかし、普段現れない現象に、リュウは不穏な気配を感じ取っていた。

 リュウは、黒い薬液の入った瓶を一気に傾けようとするエリーを見て、咄嗟に引き止める。


「待て、エリー! とてつもなく、嫌な予感がする!」


「これで救えるんです! 大丈夫!!」


 エリーはリュウの言葉に首を横へ降ると、ポーション瓶を一本開け、アンナとケンに振りかけていった。

 ジュッ……。

 黒い薬液が掛かった箇所のアメーバが弾け飛ぶ。

 アメーバが一気に姿を消し、アンナとケンの顔が見えてきた。

 赤黒い両親の顔。醜い見た目であったが、エリーの口元には笑顔が浮かんでいた。

 心配のし過ぎかと、リュウは思った。

 周囲の薬医師達も「これで一安心だ」などと口にしている。

 しかし、次の瞬間、場の空気が凍り付いた。


 ボコンッ! ボコンッ!


 アンナとケンの体表から夥しい量のアメーバが吹き出した。

 先ほどよりもアメーバの大きさが増しており、勢いよく音を立て、肌の奥へ浸食しようとしているのだ。


(きっと、少しだけ薬の量が足りなかったんだ!)


 そう信じ込むことで正気を保ったエリーは、強張って上手く動かない腕を無理やり持ち上げ、再び両親たちに振りかけようと新しいポーションの栓を抜いた。


 その瞬間。

 治療室のドアが勢いよく開かれた。


 騎士が、枯れ木のように細い婆を背負って、ドアを蹴り開けたのだ。

 婆は、黒いアメーバに覆われたアンナとケンにエリーが黒い薬液を掛けようとする所を見て、大声を出した。


「この、人殺しめが! この娘を捕まえな!」


 エリーは蛇のような目をした婆をキツく睨み返した。


「両親を助けようとしているだけ! 邪魔しないで!!」


「バカ言うんじゃないよ! でも、そうか。お前は理由をしらないでそれを使っているんだね」


 騎士の背から降りた婆は、アンナとケンに近寄った。


「この黒い虫は、呪いそのものさ」


 婆が黒い薬液の零れたカーペットに、自分の毛髪を一本抜いて、落としてやった。

 すると、婆の髪の毛にアメーバがポツポツと出現した。


「その液体に触れるだけで、この虫は増殖するのか!」


 薬医師の内の1人がその事実に気が付き叫んでいた。

 辺りが騒然となる中、婆は蛇のような目でエリーの持つポーション瓶を睨みつけた。


「さあ、そのポーションを、この髪の毛にかけてごらん」


 そう言われたエリーは、指一本動かすことができず、呆然としていた。

 今、目にしたのはなんだった?

 薄気味悪い虫が。

 怖気の走る濁った黒が。

 黒き薬液に触れた毛髪の上を、我が物顔で蠢いている。

 これは、もしかしたら、治療薬などではないのではないか?

 いや、もしかしたら、ではない。

 これは、確実に人を死に至らしめる、劇薬。

 そんな劇薬を、自分の手で両親にかけたのだ。それも大量に。

 エリーは薄汚れたマネキンのように固まったまま、表情を失った。


いつもお読みいただきありがとうございます。

区切りの良いところまでかけたのですが、分量が多いので分割しています。

明日、もう一話投稿します。

ご期待ください。

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